コラム -AgriTechへの挑戦-
Monday May 29th, 2017
AgriTechへの挑戦
理事長
市川隆治
2016年3月の”Pioneers Asia” (ベンチャー白書2016年版p.I-107参照)、9月の”FinSum”(同p.I-157参照)に続いて、今年(2017年)5月23~25日に ”AG/SUM” が開催された。日経新聞社主催のベンチャーシンポジウムシリーズ第3弾となる。これまでベンチャー関係のシンポジウムやビジネスプランコンテストでは業種を限定しないのが一般的であったが、これからは業種を特定し、より深みのある議論を促すという流れに変わっていくのではないかとの予感がした。
AgriTech Summit (AG/SUM) で、まず印象に残ったのは「逆転の発想」である。農業人口の高齢化、若い参入者不足により日本農業は危機に直面しているという一般的な見方に対し、だからこそ今が農地を集約し、大規模農業に転換していく好機だという逆転の発想。むしろAgriTechの活用により、日本農業には伸びしろがある、イノベーションの宝庫であるという主張である。
次に、貧富の格差が激しい発展途上国、特に富裕層の居住区のすぐ隣接地にスラム街があるようなインドについて、だからこそ貧困層の人たち、特に社会的に蔑まされている女性にちゃんとした技術を提供すれば、それにより効率良く生産された農産物の販売市場がすぐ隣接して存在するということだとの逆転の発想。これは農業(イチゴ栽培)の世界に飛び込み、匠の技を誰でもが活用できるようなシステム(例えば、画像解析による収穫予測)を構築し、それを引っ提げてインドの地で成功した日本人青年の主張である。ちなみに最初にインドに接したきっかけはJICAのF/Sということだった。インドに限らず、カンボジアで活躍している日本人もおり、日本農業のボーダーレス化を感じさせる場面がいくつかあった。
また、スマホやビッグデータ、AIを活用した精密農業の発展は、日本より、スマホ慣れした東南アジアや中国の方がスピードが速いとの指摘も聞かれた。スマホ依存症が懸念されると言われるほど、そうした国では支払い決済をはじめとしてスマホが日常に入り込んでおり、アプリを使った精密農業への転換に違和感がないということのようである。ワークショップのひとつでは農業高校や農業大学の生徒代表を招待してAG/SUMの感想を聞くという一コマもあったが、生徒たちの関心はやはりビッグデータ、AI、ロボット、ウェアラブル機器等の農業への活用であった。日本でもITリテラシーを有するそういう世代が農業に挑戦してくれることを期待したい。そのためにも、これからの教育はAIやアグリプラットフォームがあるのが当たり前という前提の農業教育に変えていく必要がある。いや、農業に限らず、世の中の半分ほどの職業がAIに置き換えられるのではないかとも言われている現在、これまでの、正解はただひとつという教育から課題解決型の教育に変えていかなければならないのではないかと改めて思った。
匠の技の解析・継承を可能とするためのアグリプラットフォームの設立という議論もあった。これについては別のセッションで、米国人が、情報のオープン化には知的財産の問題があるし、特に米国では、情報が価格コントロール等、穀物メジャーに悪用されはしまいかとの懸念があるという指摘があったので、提唱者の大学教授にその質問をぶつけたところ、そういう問題が起きないようガイドラインを作っているということだった。なお、米国人スピーカーの話の中にはGMO(遺伝子組み換え作物)に関する規制緩和という主張があり、少し日本人との視点の違いが感じられた。
AgriTechの明るい未来の主張ばかりではなく、あるワークショップでは、そうは言ってもなかなかAgriTechは日本の農家に広がらないのが現実との指摘もあった。どのようなデータがAIに機械学習させる(例えば、早期の病害判断)のに必要か、優先順位をつけるところから始める必要があるとの指摘であった。通常百万枚単位の大量の画像がAIの機械学習には必要とされるということである。精密農業と一口に言ってもなかなか結果が出ていないのが現状(農業においてはどれくらいの精度が必要か、どこまでが許容範囲かがまだはっきりしていない)で、これからはAgriTechと、植物の営み、植物科学との融合が不可欠であるとの指摘もあった。