コラム -リープフロッグ(Leapfrog)とは何か-
Tuesday April 25th, 2017
リープフロッグ – Leapfrog – とは何か
更地にビルを建てるのと、既に建っているものを壊して立て替えるのとではどちらが大変だろうか?
あるいはそこに大勢の人が働いている産業やインフラシステムがあるとして(すると当然それにまつわるがんじがらめのルールや既得権益が往々にして存在するものであるが)それを全く違う新しい仕組みに変えるのと、はなからそれが全く存在しない場所にその新しい仕組みを構築するのとでは、どちらが早いだろうか?
リープフロッグ(Leapfrog)とは、文字通りLeap(跳躍)するFrog(カエル)の事。辞書を引くと「馬跳び」などとあるが上記の問いに対する答えを端的に説明する言葉である。昨今のアジア新興国では、先進国が遂げてきた発展過程をテクノロジーの活用により一段飛びで抜かす現象が起きている。その新興国ならではの発展を表現する言葉として、リープフロッグは現地で最近良く聞くキーワードである。
現在、既にリープフロッグを最も具現化している国の代表は、中国である。
例えば中国の流通総額ランキングでは、リテール(実店舗)大手よりもオンラインリテール(Eコマース)大手のほうがはるかに大きい。
単位:百万米ドル
(出所:China Chain Store and Franchise Association (CCFA) 資料(https://www.fbicgroup.com/sites/default/files/CCFA_2015_Top%20100_TL_160505.pdf)およびJD社決算開示資料等より筆者作成)
日本ではまだまだ真逆で、イオンやセブンアイのほうが楽天やアマゾンジャパンの流通総額よりもずっと大きい。
対して中国のEコマース市場は既に米国のそれよりもはるかに大きい。全個人消費市場ではまだ米国のほうが中国より大きいにも関わらずである。
なぜか?
答えは簡単に言えば、街にショッピングモールが出来る前にタオバオ(Eコマース)が、近くにコンビニや生鮮スーパーが出来る前に1号店(ネットスーパー)が出来たからである。上海・北京のような一級都市のみならず二級都市や内陸部の人々含め、中国のスマホ人口は今や8億人である。街にデパートが無い、あったとて品ぞろえが不十分で欲しいものが無い、しかしポケットの中のスマホをいじればいくらでも素敵な洋服やら売れ筋の家電やらが見つかる、それが数日でドアまで届けられる。そんな市場環境ではリアル店舗を「一足飛び」にEコマースが栄える。これがリープフロッグ現象である。
Eコマースに限らず、むしろ様々なリアルインフラを要する他のサービス産業のほうがよりリープフロッグが起きやすい。
例えば現代中間層の医療ニーズに見合った良質で十分なキャパの総合病院が街に出来る前に春雨医生(モバイルドクターアプリ)が普及する。中間層の給料が上がってタクシーを使うのが当たり前になる頃には中国版Uber、Didiが既に中国全土で配車している。
またこれらサービス産業の多くは、消費者保護の観点から規制産業である点も重要である。それゆえ先進国ではそう簡単にイノベーターは社会に受け入れられない。現に日本の法制度上では上記オンライン医療もタクシー配車も原則許されていない。一部例外規則を設けて行ってはいるが、それでは本質的な利便性の享受はままならず、それゆえ遅々として普及は進まないだろう。
またそうであるがゆえ、いわゆる「リバースイノベーション」(新興国で産み出されたモノやサービスが先進国に普及していくという現象)が、これらのサービス産業において今後、少なからず起きていくであろう。
では新興国でリープフロッグが最も顕著な産業は何だろうか?
それはずばり、金融である。なぜか?それはテクノロジーと最も相性が良く、ゆえに効率化余地が高く、しかも相対的に先進国ほどには規制ががんじがらめでも、既存プレイヤーが強大でも無いからである。
現に、フィンテック世界一の大国は米国ではなく中国である。
電子マネー流通総額の世界ダントツは中国であり、ビットコイン流通総額も、P2Pレンディング貸出残高も中国が米国を差し置いて世界トップである。
(出所:iResearch Global, eMarketer http://technode.com/2017/02/06/how-chinese-mobile-payments-are-quietly-conquering-the-world/)
上図の通り、アリペイやテンセントのウィーチャットペイをはじめとする中国の電子ウォレット決済総額は年150兆円を超えると言われ、日米のそれよりも何十倍も大きい。もとよりコーヒー一杯買うのにクレジットカードを使う事も厭わない米国との違いであろう。
中国のみならずインドでもフィンテックは凄まじい発展を遂げている。
インドに行くと昨今ではいたるところで青色のロゴを見る。それは、インド版アリペイのような電子ウォレット(決済)サービスの「PayTM(ペイTM)」のロゴである。路上の露天商で10円のものを買うにも使われている。東京の飲食店や地方のタクシーでカードを出すと嫌な顔をされ断られるのとは真逆の状況である。
つい200年前まで世界経済は中国とインドが牛耳っていた。欧州のGDPはそれよりずっと小さかったし米国は生まれたての赤ん坊だった。その後産業革命により西側諸国に経済覇権は移った。西側の栄華、パクスアメリカーナがその後150年強ほど続き、そして今再び振り子が逆に振れて「アジアシフト」が起きている。ただしそれは単にアジアの中間所得層が増えて内需が増えたからという単純な話ではない。70年前にコンピュータが生まれ20年前にインターネットが生まれた後、人類がITという武器を手にしてからはじめての経済パワーシフトである。経済 x ITという組み合わせによって今までのシフトとはパラダイムの違う速度と質になるだろう。ITを活用して先進国がたどってきた道程の抜け道、早道を行き(リープフロッグ)、あっという間に追い付き追い越すだろう。
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本コラムでは、シンガポールを拠点に、東南アジアのインターネットスタートアップへのベンチャーキャピタル投資に従事している筆者が、自分の意見を踏まえて、アジアの起業環境・スタートアップ関連の情報をレポートする。
(Rebright Partners Founding General Partner 蛯原 健)