シリコンバレー通信 Vol. 18 「シリコンバレーのイスラエル発スタートアップ事情」

シリコンバレー通信 Vol. 18 「シリコンバレーのイスラエル発スタートアップ事情」

 

近年、イスラエルにおけるスタートアップの盛り上がりが注目を浴びている。もともとイスラエルは強い軍事産業に支えられた優秀なテクノロジー人材の宝庫として、その技術開発力は認知されてはいたものの、2013年のGoogleによるイスラエル発のWaze(地図ナビゲーションアプリのスタートアップ)の買収なども後押しして、ここ数年でシリコンバレーにおける「イスラエル発スタートアップ」の存在感が一段と増してきている。

 

シリコンバレーのイスラエル起業家を支援するNPO組織であるIEFF(Israeli Executives & Founders Forum)のサイトによると、現在シリコンバレーを拠点にするイスラエルのスタートアップは128社(2016年9月時点)もあるという。イスラエルの人口は800万人強にすぎないことを考えると、その数は他国と比べても圧倒的に多いと思われる。さすが人口当たりのスタートアップの数が世界一多い国と言われるだけある。

 

Vol18-1

Figure1: シリコンバレーのイスラエル系スタートアップ(Source: IEFF)

 

同様にシリコンバレーを目指す諸外国からの起業家は年々増えているが、特にイスラエル発のスタートアップは注目・実績ともに一歩先を行っている印象がある。その秘密を探りに、シリコンバレーを拠点に、イスラエル起業家チームを支援するイスラエル系シードステージファンドとして活動しているUpWest Labsを訪ね、インタビューを行った。ここ数年で日本や中国やドイツなども、自国の起業家をシリコンバレーで支援する官民含めた活動は盛んになってはいるものの、いまひとつ成果が出ていないと聞くことも多い。イスラエル系のUpWest Labsは具体的にどのような活動をしているのだろうか?

 

プログラム終了後の現地資金調達成功率は7割

UpWest Labsは2012年に創業された、イスラエル出身の起業家を支援するシードステージファンドで、これまで60社以上のスタートアップを支援してきた。現在は年間6〜8社のスタートアップを厳選してシード資金を投資する一方で、シリコンバレーにて4ヶ月のプログラムを提供し、現地での資金調達及び事業展開を支援している。

 

Vol18-2

Figure2: UpWest Labsのウェブサイト

 

参加チームに対しては、UpWestがビザや宿泊先をアレンジし、米国到着後すぐにプログラムに専念できる環境を整える。プログラムでは、米国にマーケットエントリーするためのプロダクト・マーケットフィットのリサーチから始まり、現地潜在顧客との接触、ビジネスモデルの開発、投資家へのピッチ、現地でのチームビルディングなどをUpWestやメンターからの支援をうけながら起業家が取り組む 。UpWestによると、このような一連の作業は、色々と試した結果、最低4ヶ月は必要だという結論に達したという。実際に、プログラムを修了したチームの7割が現地での資金調達を得たという実績があり、外国人起業チームとしては、その成功率は非常に高いと言える。

 

いかにしてそのような高い成功率が可能となるのか?UpWestのディレクターとの会話を通して以下のヒントを得た。

 

(1)参加スタートアップの厳選

参加チームを厳選する時のクライテリアは3つ。1)イスラエル出身の起業家であること、2)事業のメインのターゲット市場が米国であること、3)プログラム修了後も、米国に腰を落ち着かせて事業展開すると決心していること。イスラエルの中で優れたスタートアップであったとしても、米国で一から事業を立ち上げるという決心をしていないチームは選ばないという。日本では、起業コンテストで上位入賞したチームがその「ご褒美」としてシリコンバレーに短期間滞在したり、「シリコンバレーの空気を吸って現地の雰囲気を味わうため」にシリコンバレーツアーが提供されることが多いが、そのような「観光客的な」チームは対象外だという。もっとも、そのような条件に当てはまる優秀なスタートアップがそもそも数多く存在するという層の厚さが前提となっているというのもあるが、UpWest自身も自らの投資資金を投じているわけで、次につながる案件でなければ先行きが難しくなるというビジネス原理も働いている。補助金事業とは違うのだ。

 

(2)チームビルディングの大切さ

参加する起業チームは最低二人から構成されている必要があり、ビジネス担当のCEOと、技術責任者のCTOがいる必要がある。日本の起業チームではCEOがCTOを兼任しているケースや役割が曖昧なケースが多いが、UpWestの参加チームには誰がビジネス担当で、誰が技術担当かをまずははっきりしてもらうという。またシリコンバレーに来てからは、特にビジネス側の追加チームメンバーとしてはできるだけ現地のアメリカ人をリクルートすることを推奨している。

 

また、米国で資金調達するためにも米国に法人を設立し、それを本社とする(米国の投資家は外国本社のスタートアップにはお金を出したがらないため)。一方、イスラエルには技術開発センターを支社として置くケースが多い。それはシリコンバレーのエンジニア人材の競争が熾烈で、GoogleやAppleなどの資金が潤沢な巨大テック企業に対してスタートアップが人材競争をするのは不利である反面、イスラエルでは優秀な技術人材がより低い給料で雇える環境にあるためである。このように、シリコンバレーではビジネス機能を、イスラエルには技術開発機能をと、切り分けて運営するケースが圧倒的に多いという。

 

(3)米国流コミュニケーション術の叩き込み

起業チームは英語を問題なく使いこなせる人がほとんどではあるものの、米国での経験が少ない人にとっては、現地での英語の微妙なニュアンスを理解していないことが多い。そのため、”Talk English”と”Talk American”は違う、ということを分かってもらい、現地企業とのミーティングでどのような会話があったかを議論し、どのように意図を理解すべきか、どのように対応すべきかなど、かなり踏み込んでアドバイスを行うという。単に技術が良いだけではだめで、いかに現地の慣習に則ったビジネスをできるか、を重視している。

 

(4)シリコンバレーの現地コミュニティとのつながり

UpWestが主催するイベントや、紹介するメンターやネットワークについては、シリコンバレーの現地コミュニティとのつながりを意識的に重視している。日本関連の組織の同様の活動では、どうしても現地の日本人や日本に特別に興味を持っている現地人たちの間での狭いコミュニティ(言わば「シリコンバレーの中の日本村」)とのつながりに限定されがちだが、UpWestではイベント等への参加者の8割はイスラエルとは直接関係のない現地人となっており、いかに現地の本流層に食い込めるかを重視している。そのような層に興味を持ってもらうには、いかに成功実績を作れるかが重要だという。単に、イスラエルは素晴らしい技術を持っている!と宣伝するだけでは興味を持ってもらえない。やはりこれまでの成功例や実績があってこそ。そのため、これまで築き上げてきたトラックレコードが、さらに多くの現地人を引きつけるという好循環を生み出しているという。

 

(5)大きく成功するなら米国かヨーロッパへ

イスラエルは人口が800万人強という小さい国であることからも、国内市場は限られているため、起業家として大きく成功するなら、米国かヨーロッパへ行くしかないという考えがそもそも当たり前になっている。中途半端に国内市場が大きい日本では、まずやりやすい日本で始めて、軌道に乗ったら海外へという考えのスタートアップが多い。野心家であるイスラエルの起業家からしてみると、イスラエル市場は、プロトタイプを検証するためのテスト市場にすぎない。そのため、米国に来てから、米国でのプロダクト・マーケットフィットの分析を再度行い、大幅に調整をせざるを得ないことも多々あるが、それは当然のことと捉えられている。

 

上記の通り、シリコンバレーでイスラエル系のスタートアップが躍進している理由について、その背景をほんの一面だが垣間見ることができた。イスラエルの動きは、シリコンバレーへの進出を考えている日本のスタートアップや、その支援を行う組織に対しても幾つか重要な示唆を与えてくれることだろう。

 

 

**********

本コラムシリーズでは、シリコンバレーを本拠に、イノベーション事業化支援や新規事業の立ち上げを行っている筆者が、シリコンバレーの起業環境・スタートアップ関連の生の情報をレポートする。

 

(吉川 絵美)