シリコンバレー通信 Vol. 10「安倍首相のシリコンバレー訪問と現地メディアの反応」
Monday May 18th, 2015
シリコンバレー通信Vol. 10 安倍首相のシリコンバレー訪問と現地メディアの反応
4月26日から5月2日にかけて米国を公式訪問した安倍晋三首相。今回の訪米における1つの大きなテーマは 「イノベーション」であり、日本の首相としては初めてシリコンバレーを訪問した。 Facebook社CEOのマーク・ザッカーバーグら現地の著名起業家と面談を行ったり、テスラモーターズ本社でCEOのイーロン・マスクが運転する電気自動車に試乗したり、さらにはスタンフォード大学で演壇に立ち、日本がいかにイノベーションを必要として、そのためにもシリコンバレーから学ばなければならないか、について力説するなど、精力的に活動を行った様子が現地メディアでも好意を持って取り上げられていた。これまでの日本の首相は訪米と言えばワシントンDCに直行して政府対政府の関係性に腐心しているイメージがあったが、安倍首相が政府だけではなくビジネスや大学との関係性も重視している姿勢についてはポジティブに受け入れられたようである。
(Source: Bloomberg)
しかし、一方で、「日本のトップも我がシリコンバレーにようやくきたか」というシニカルな見方をしている現地メディアもいたことは事実だ。ここ数年、「シリコンバレーブーム」はさらに加熱し、イノベーションの聖地として世界中でもてはやされている。世界の国々のトップはこぞって、訪米スケジュールの1つの目的地にシリコンバレーを追加して、いわゆる「シリコンバレー詣で」の動きを活発化させている。シリコンバレーを視察し、シリコンバレー型のイノベーションを大げさに讃えることで、自らがプログレッシブなリーダーであるとのイメージを作り上げようとしている風潮があると一部のメディアは揶揄する。 最近シリコンバレーを訪問した世界のリーダーとしては、昨年訪問したフランスのフランソワ・オランド大統領が記憶に新しいが、他にもアイルランド、イスラエル、マレーシア、オランダ、ニュージーランド、ハイチ、ロシア、トルコのリーダーがシリコンバレーを公式訪問している。なんでも、各国リーダーがシリコンバレーを訪問する際の「プレイブック」のようなものが出来上がっていると指摘するメディアもいる。つまりは、サンフランシスコ空港を降り立ったら、まず2〜3のイベントでテクノロジーやイノベーションに対する情熱を大げさにアピールし、グルメランチやタウンホール形式のイベントで現地の著名IT起業家と交流する、という典型的な”To-do list”である。
このようなシリコンバレーに熱い視線を送っている国々の間では、シリコンバレーに政府系ファンドがスポンサーするインキュベーションプログラムを作り、そこに自国の起業家を送り込むことがいわゆる流行りとなりつつある。例えばイスラエル、アイルランド、ドイツ、デンマーク、オーストラリアなどがシリコンバレーですでにそのようなプログラムを作っている。
安倍首相が打ち出した「シリコンバレーと日本の架け橋プロジェクト」も、そういう意味では、シリコンバレーにとっては特段目新しいものではない。この架け橋プロジェクトでは、複数のプログラムを内包しており、中小企業200社をシリコンバレーに送り込んでシリコンバレーを実体験してもらうプログラム、厳選された30人の起業家がシリコンバレーに乗り込み、現地の起業家や投資家に揉まれて事業立ち上げ活動を行うプログラムなどがある 。
これまでもシリコンバレーと日本の起業家をつなぐ動きはJETROやNEDOなどの組織によっても様々な角度で行われてきており、そのようなプログラムとの違いや、実際期待される効果についてはどうなのだろうかと現地日本人コミュニティの間では話題になっている。
シリコンバレーにいると、「シリコンバレーについて学びたい」という企業団体や政府系プログラムの団体、学生団体が世界中からしょっちゅう来る、という現状がある。Google本社やApple本社をツアーして写真を撮って満足して帰っていくようなカジュアルな「視察ツアー」から、より本格的な「インキュベーションプログラム」まで様々である。最近では特に中国からこのような視察団体がたくさん来ている。例えば北京の某大学は、夏休み期間中に2〜3年生の大学生数十人をシリコンバレーに送り、シスコなどの現地企業でインターンをさせたり、現地企業エクゼクティブと交流させるなどのプログラムを現地の中国系インキュベーションセンターと提携して行っている。
シリコンバレーの土地の空気を吸って、インスピレーションを受けることはもちろん価値があることではあり、それ自体は否定はしないが、それを具体的な行動や結果につなげ、最終的に日本にイノベーションを生み出す原動力としていくことが重要である。
安倍首相が「日本にはもっとイノベーションが必要だ、シリコンバレーから学びたい」と述べたことはメッセージとしてはメディアで大々的に発信されたが、あまりに一方的で低姿勢な「教えを請う」というメッセージのように聞こえ、正直なところ筆者は違和感を覚えた。単に学びとるだけではなく、逆に日本はシリコンバレーに何をもたらすことができるか?シリコンバレーの人々は日本と組むことでどのようなメリットがあるか。そのようなメッセージの発信が今回は弱かったのではないかと感じた。
世界中からもてはやされるシリコンバレーに一方的なラブコールを送るだけでは、黙っていてもあちこちからお声がかかるシリコンバレーの住人にとっては新鮮味がない。シリコンバレーの人々が日本と組むことで何ができるか、どんな面白いことが起こるかを想像させるような、何か具体的でかつ強烈なメッセージが必要であろう。
今後、さらに多くの日本人がシリコンバレーの土地に足を踏み入れることになるが、その際に単に「学ぶ姿勢」だけではなく、現地の人に何か新しい視点や”wow factor”を提供できるような姿勢やマインドセットで挑むことが非常に重要であると思われる。
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本コラムシリーズでは、サンフランシスコのスタートアップにて事業開発に携わる筆者が、自分の意見を踏まえてシリコンバレーの起業環境・スタートアップ関連の生の情報をレポート
(吉川 絵美)