シリコンバレー通信 Vol. 9「発想の壁を取り除け」

シリコンバレー通信Vol. 9   発想の壁を取り除け

 

今回のコラムでは前回紹介した、「起業家の卵」養成学校のDraper Universityで、実際にプログラムを受講した松島さんの体験談を紹介したい。

 

現在IT企業に勤務する松島さんがDraper Universityの起業プログラムに参加したのは昨年2014年、当時大学4年生の時であった。松島さんは大学在学中にカナダに8ヶ月留学し、その後、2年間休学してオーストラリアにてワーキングホリデーを利用して現地の会社で勤務した経験を持つ。大学卒業直前に、当時すでに内定をもらっていたIT企業の社長の勧めでDraper Universityに7週間留学することになった。

 

このプログラムを一言で表すならば、「想像すらしていなかったことにチャレンジして、未知の世界に対しての壁をなくすこと」であるという。普通の大学での教育は、前例があることや既知のことを学ぶが、Draperでは、経験したこともない未知のことに対して、自分たちで答えを探す術を学ぶことに焦点を当てている。無意識のうちに存在しているかもしれない自分の発想の壁を取り除くことに主眼を置いている。

 

例えば、「エッグドロッププロジェクト」。建物の10階ぐらいの高さから卵を割らずに落とす、という課題を与えられる。普通に落としたらもちろん割れてしまうので、割れないための工夫をチームで考える。どんな材料や器具を使っても良い。しかし、最終的な勝者は、卵を割らずに落とすことに成功し、かつ最も低いコストでそれを実現できたチームとなる。様々なクリエイティブなアイデアが披露された。例えば、噛んだガムを200個たまごの殻のまわりにつけてクッション材とするというアイデアから、飛行機の模型に卵をつけるなど・・。誰も考えもしないような奇抜なアイデアが賞賛される。このようなエクササイズを行うことで、自分達の発想の枠をお互いに取り除いていくきっかけとなる。

 

プログラムの約4割が上記のような実習アクティビティで、約6割がレクチャー形式となっている。レクチャーでは、シリコンバレーの若き起業家が招かれて自らの起業経験について語ってくれる。自分達とそう年が変わらない若い起業家の話を聞いて、皆刺激を受けるとともに、「自分だってできるはずだ」と自分を奮い立たせるきっかけとなる。この環境にいると、いかに起業が当たり前のことかを体で実感するという。

 

Draper Universityから道を挟んだ向かい側にHero Cityという名の同系列のインキュベーションオフィスがある。ここでは数多くのスタートアップが入居し、様々なスピーカーイベントやピッチイベントが開催されるので、それに出席することができる。実際に起業をおこなっているスタートアップと触れ合い交流する良い機会となる。

 

Hero Cityのインキュベーションオフィスの様子。「起業家はヒーローだ!」という考えのもと、スーパーマンなどのヒーローが壁いっぱいに描かれ、ポップな雰囲気を醸し出している。シリコンバレーに数あるインキュベーションオフィスの中でも独特の雰囲気を持っている。

 

Draper Universityの受講生は約6割が大学生で、約4割が社会人。松島さんのような留学生は4〜5割を占める。7週間で授業料(住居代込)が100万円ということもあり、シリコンバレーのお金持ちの子息向けのプログラムなのではと揶揄されることもあるようだが、実際は、奨学金制度で途上国から学生を招待するなどもしており、受講生は多様である。その多様性こそがこのプログラムの大きな魅力の一つであると松島さんは語る。

 

日本でも近年起業教育は盛んになりつつあるものの、ほとんどのプログラムが、参加者は日本人だけで、日本のマーケットだけにフォーカスした内向きなものが多い。Draperでは、初めから舞台は世界。受講生は世界スケールのビジネスアイデアを考える。また、他国からやってきた留学生と机を並べてプロジェクトに一緒に取り組むことで、「この国の人はこういう発想をするのだな」「こういうアプローチで物事を考えるんだな」とハッとする機会が多いという。

 

一般的に起業教育というとどうしてもビジネスプラン作成や会計などの実務的な話になりがちだが、若者たちの「起業家のマインドセットを育てる 」というDraper Universityの試みは、起業の聖地シリコンバレーだからこそいち早く受け入れられ、支持されているのであろう。今後、世界でも、起業家予備軍である志の高い若者に対しての教育が徐々に浸透していくのではないだろうか。


Draper Universityのギフトショップ。挑発的なフレーズが書かれたグッズが並ぶ。

 

「私は成功するまで失敗し続ける!」

 

 

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本コラムシリーズでは、サンフランシスコのスタートアップにて事業開発に携わる筆者が、自分の意見を踏まえてシリコンバレーの起業環境・スタートアップ関連の生の情報をレポートする。

 

(吉川 絵美)