シリコンバレー通信 Vol. 6 「米国における株式型クラウドファンディング規則策定の遅れとその影響」
Friday December 26th, 2014
シリコンバレー通信Vol. 6 米国における株式型クラウドファンディング規則策定の遅れとその影響
2014年12月上旬、米国のクラウドファンディング業界関係者の間で一斉に溜息が漏れた。
2012年4月に成立したJOBS Act (Jumpstart Our Business Startups Act: ジョブズ法)はベンチャー企業が資金調達を行いやすくする為の様々な規制緩和を行うことでベンチャーの動きを更に活発化させることを目的としているが、その中でも特に期待されている第3章(Title III)の規則策定が2015年10月頃までずれ込むとSEC(米国証券取引委員会)が発表したためである。
第3章は、クラウドファンディングの中でも「株式型」のクラウドファンディングについての諸規則を定めるもので、特に、適格投資家には当てはまらない個人の投資家(Non-accredited investors)でも投資を可能としたことで、クラウドファンディング業界に大きな影響をもたらすと期待されている条項である。
具体的には、第3章は以下の内容を含む。
①12ヶ月の間に100万ドルまではSEC登録無しに投資の募集が可能となる(この額は今後5年ごとにインフレ率に応じて調整される)
②12ヶ月の間に個人投資家が投資できる額は以下の通り:
a. 年間収入または純資産が10万ドル以下の場合は、2000ドルまたは、
年間収入か純資産の5%の金額
b. 年間収入または純資産が10万ドルまたはそれ以上の場合は、
年間収入か純資産の10%の金額(ただし10万ドル以内)
③上記の条件を満たす取引は、従来からのSEC及び自主規制機関に登録された証券会社に加えて、新たな機関として位置づけられる「ファンディングポータル」を通して行われなければならない。
なぜこの第3章が特別な注目を浴びているかというと、これによってベンチャー企業の資金調達の可能性が圧倒的に広がるからである。これまでベンチャー企業が資金調達をする際には、適格投資家(適格機関投資家または、純資産と収入が一定以上の富裕層投資家)からしか資金を得ることができなかったが、一般層にもリーチアウトできるようになることで潜在的な投資金額は一挙に広がることになる。2013年の米国におけるVC投資は300億ドルであったが、この第3章が施行されることによって、ベンチャーへの投資金額は10倍の3000億ドルまで膨らむのではないかとの試算もあるほどだ。巨額のリスクマネーはベンチャーの更なる活発化を促し、新たな産業を生み出すことが期待される。いかにベンチャー企業のイノベーションが国の富を作り出してきたかということを実体験として知っている米国だからこそ、イノベーション促進、ベンチャー支援に対しての真剣度が伺われる。
JOBS Actの法案成立によってクラウドファンディング業界は一時的に色めき立ったものの、法案成立後2年以上経ってもSECが規則を発表しない現状に業界は日に日に苛立ちを増していった。少なくとも2014年内には発表するだろうと期待をもって見守られていたところに、「2015年10月ごろまでは発表できない」との突然のSECの発表。今か今かと待ち構えていた業界関係者は意気消沈した。通常、SECが規則を発表してから実際に施行されるまでに最低でも60日はかかるため、第3章が現実化するのは早くても2016年の初めとなってしまう。
第3章に加えて、第4章であるレギュレーションA+の規則策定についても2015年10月までずれ込むことが発表された。レギュレーションA+は、煩雑なIPOのプロセスを経ずに簡易な手続きで発行できる証券の金額の上限を、従来の500万ドルから5000万ドルへ増加させるもので、これもベンチャー企業の資金調達の可能性を広げる目的で作られたものである。
なぜSECの規則策定がこんなにも時間がかかっているのだろうか?それは投資家保護をミッションとするSECにとって、非適格投資家も参加できる投資型クラウドファンディングは、あまりにも危なっかしい存在だからである。第3章はベンチャー企業への潜在投資家層を一挙に広げたことによって、ベンチャー企業の活発化が期待できるという「光」の部分に注目が集まっているものの、同時に、素人投資家がハイリスクのベンチャー企業に十分な調査もせずに投資をして損害を被る可能性があるという「闇」も抱えている。SECは、一般投資家の間での混乱を最小化して、投資型クラウドファンディングが正しい方向で発展していく為のルール作りを慎重に行おうとしている。最もクラウドファンディング業界の人からすると、法成立から3年半以上もかかるとは、あまりにも慎重すぎると映っているようだが・・・。
日本では、2014年5月に、投資型クラウドファンディングの利用促進などを目的として、金融商品取引法等を一部改正する法律案が国会で可決・成立した。投資型クラウドファンディングについては、米国での第3章規則内容が年内または遅くても翌年初めまでには発表されるだろうと踏んで、それを参考に国内の規則作りを行うことを想定していたのであろう。それが、予定外にも2015年10月まで先送りになったことで、当然ながら日本の投資型クラウドファンディング関連のルール策定のタイミングにも影響が出ることは必至であると思われる。
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本コラムシリーズでは、サンフランシスコのスタートアップにて事業開発に携わる筆者が、自分の意見を踏まえてシリコンバレーの起業環境・スタートアップ関連の生の情報をレポートする。
(吉川 絵美)