第167回「なぜリスキーなプット・オプションの売り手になりたがるのか?確率高い?」
Thursday August 22nd, 2013
プットにしてもコール・オプションにしても、その買い手は定められた金額、プレミアムを支払っておけば将来の定められた時点で、あらかじめ定められた金額を行使価格で買い、または売ることができる。
プットの場合、プットの買い手、例えば株の下降局面に於いて行使価格より市場の株価が下落していても、それより高い行使価格で売ることができる。つまり下降へのヘッジとなっている。逆に市場の株価が行使価格より上なら、損失をしてまで売る必要はないからプレミアム分を放棄して手を引く。コールの場合は逆となる。
一方、プットの売り手は、相手が手を引いてくれれば、プレミアム分は丸々懐に入る。ここが売り側の大きな魅力だが、逆に相手に権利行使されるとその分は全て自分で負担しなければならず、底知れぬ損失となる。売り手側のメリットは当初にタダで入ってくるプレミアム料で、その後、自分に不利に市場が動くと大きなデメリットを負うという危険性がある。
一見極めて不均衡なオプション取引なのだが、実際はリスクが大きい売り手側に回る投資機関が多いのである。それは何故だろうか。とりあえずプレミアム料が懐に入るのは魅力で、全てが不利な方向に動くわけではないから、いわばタダで金儲けができる。
預金などで当初に多額の利息が提示されるような商品は、預金者を発行機関によって知らぬ間に売り手に仕立て上げられている。
ところで、プロの眼から見ると、売り手に回る方が買い手側より勝率が高いというのである。下降局面に於いて、今150円の物を、3ヶ月後120円では売れるヘッジをかけたプット・オプションがあるとする。プレミアム料10円。期限の3ヶ月後に、物の価格が120円より高くなっているか、安くなっているかは50:50。それぞれ確率50%(上がるか下がるかだけで考える所は大問題なのだが)上がれば売り手はプレミアム料丸儲け。下がった場合、売り手は既にプレミアム料10円を受け取っているから、実質的に損失が出始めるのは110円以下になった場合である。つまり幅がそれだけ広がっており、損失が出ない確率は大きくなる。例えば60%と増える。これに補強に別のプット買いでもしておくと、勝つ確率を70%以上とするのも夢ではないという。このようにプット・オプションの売りは労せずして、多くの場合プレミアム料を懐に入れることができ、これが売り手になりたがる所以だ。
ただこれが逆回転だと、売り手には底なしの損失が押し寄せる。かつてサブプライムローン時代、プット・オプションで米エンロン社株の売り手となっていた米AIG社が危機に直面、政府支援まで受けたのはこのためであった。
これまでの議論で上がる、下がるを確率2分の1と考えたり、物の価格の変動をガウス分布で近似したりする金融工学の立場は明らかに正しくない。ベキ分布が真の姿と考えられている。
(多摩大学名誉教授 那野比古)