第149回「無から有を生み出すBizモデル㉔‐出現が危惧されるネット攻撃的選挙運動の“劇場的”エンタメ性」
Thursday April 18th, 2013
本欄でもしばしば取り上げてきた インターネットを使った選挙運動が、わが国でも認められる動きとなった。これまで、ディスプレイ上に表示された文字は印刷ビラなどと同視され、有権者に投票を呼びかけることなどできなかった。だが、これからは堂々と投票の呼びかけが可能になるばかりでなく、ネットを通じた献金も訴えることができるようになる。
ところで、ここで注意したいのは、立候補者の行動が当選したいがためのものなのかどうかということである。これまでの古いネットレスの選挙ではそのようなことは考える必要がなかった。立候補への肯定的な解釈だけで済んだ。だが、考え方はひとつだけではない。肯定があればその裏に否定的な考え方も存在し得る。これまでの選挙運動では、この裏が強く現われておらず忘れられていた。
しかし、インターネットを利用した運動となると話はがらりと異なる。否定的立候補による運動といったものが大きくクローズアップされてくるからである。A候補は対立候補のBに打ち勝ち、これはA自らが当選するための行動である。ところが、ここにC候補が手を挙げ、この戦いに参入。A候補を落選させるための運動をインターネット上で展開する。CはAを落とすためだけの攻撃因子であり、C自身当選したい気持ちなど全くない。当然ながら、攻撃には様々な問題が含まれるが、その中には、A側から見ると中傷・誹謗とみなされるものも存在し得る。
しかしここで重要なのは、いったい何をもって中傷・誹謗とするのかということであろう。これに対する具体的な定義はない。アンチAの人たちにとっては拍手喝采となる話も、A側では中傷となる。ネットワークを利用した選挙運動では、攻撃的な候補の出現や中傷・誹謗の問題など、これまでにない、いわば“週刊誌ネタ”が“劇場的”なエンタメ性とともに有権者の前に姿を見せる可能性がある。新しい選挙運動の中で改めて注意しておきたい問題であろう。
(注)ネットによる選挙運動については「ウインドウズ95」が世に出た1995年、自治省(当時)がディスプレイ上の文字は文書図書にあたり、運動はその配布だとして違法とし、2007年に最高裁はこの自治省の見解を支持していた。
(多摩大学名誉教授 那野比古)