第136回「無から有を生み出すBizモデル⑬-大きい一千万円の負担減-だがパソコン弱者の救済は?」

 先に米オバマ大統領はネットワーク効果を最大限に利用した初の大統領と書き、サイレント・マジョリティの声なき声を可視化した「オバマ現象」に注目した。ネットのもつ力は共感の創出であり、これも支持者の囲い込み、自陣営への誘導に向かわせ、それを参加意識へと変化させるというのがオバマ現象の戦略である。

 

 共感の創出は、クラウド・ファウンディングでもその基幹をなしている。別の見方をすればこれまでのテレビ・ラジオ、新聞を通じたマスコミは、一方から一方へのプッシュダウン方式。まさに一方的な発信にすぎず、共感の創出どころか、反対者、反信条者を群の中で明確化させる逆効果すらもっている。特に価値観の多様な現代にあってはこの恐れは強い。ところがネットワーク利用では方向ががらりと異なる。ボトムアップ方式、つまり双方向的であり、多くの人に意見を伝え、多くの人が意見を募ることができる。オバマもロムニーも、そしてグロース・ハッカーもここに目をつけた。特にどんな政策を求めているかという受信中心のドット・コムを作ったのは今回の選挙が初めてといわれる。

 

 クラウド・ファウンディングとネット選挙宣伝は無関係ではない。それはネット献金を行うことによって参加意識を引き出すという極めて大きな効果があるからだ。まさに表裏一体と考えてもいい。ネットを選挙に取り込むと、活動資金が集まるばかりでなく、選挙資金の大きな負担減となる。産経新聞の調査によると、ビラ1枚に1件当たり少なくとも10円の配布コストがかかるという。100万人に配ると1000万円だ。ところがこれをネットワーク上で行うとなると、ビラ配布だけで1000万円の倹約となる。

 

 総務省は、パソコン画面上の文字や写真はビラ・チラシと同様「文書図書」であるとし、選挙の公示・告示後はパソコンなどの更新は認めないとその見解を示している。しかし画面上の文字、写真は紙など媒体に印刷したものではなく、またこれが静止したものではなく動画として刻々と変化するものであるとしたら、どのような見解を示すのであろうか。公選法にはこのような規定の制定はないのである。

 

 選挙にネットワークが関わる場合の最大の問題とされるのは「デジタル弱者」(デジタル・デバイド)の救済である。パソコンなどを購入することができない貧困者、あるいはそれを十分操作することができない高齢者などいわゆるパソコン弱者は、これまで述べてきたような動きから取り残されるのは必定で、不公平な扱いとなる弱者をどう救っていくかが大きな課題となる。

 

 総務省の調べによると、インターネットの利用は昨年で、25から34歳でわが国では1日利用1時間17分とみられている。労働、睡眠を除くとこれは1日の中でかなり大きな数字だ。しかもこの数字は今後ますます拡大の傾向にある。パソコン・スマホ弱者をどう取り込んでいくか。グロース・ハッカーの新しい方向のひとつはここにあるのかも知れない。

 

(多摩大学名誉教授 那野比古)