第95回「団塊世代大量定年時代での「ハイシニア」ベンチャー起業を考える」

 厚生労働省の統計によると2010年度パートを含めて60~64歳の労働者のうち35%が定年で退職したという。しかしこの年齢層はまだ働き盛り。というより最も熟した価値ある働き手ということが出来る。実際に健康な方が多い。

 シニアと一口にいうと、一般には40歳からと考える人が多いが、定年退職した人は特に「ハイシニア」と呼ぶべきかもしれない。

 シニア層が抱えるリスクとして、健康、体力の低下がしばしば問題にされる。ハイシニアとなると認知力の低下も危惧される。

 一方、シニア層には特有の利点もある。まず専門分野・市場について経験から得られた深い知識を身につけている。資金上の蓄積があるのも利点だ。信頼できる外注先を知っているとか、長年の顧客層をもっているなど優れた人脈が財産となっている例が多い。

 実は「シニア・ベンチャー」という生き方がいま注目を浴びている。特に定年退職したハイシニアが、ベンチャー企業を起こすという第2の生き方である。

 この場合ベンチャー企業といっても、IPO狙いの大規模化を狙うものではなく、特定のニッチな分野に特化した小企業とか、NPOをベースとしたソーシャル・ビジネス、個人営業もこの範疇に含まれる。

 ハイシニアとなると企業の存続性が問題となる。共同経営者として若い人材を加えられる可能性がある場合は別として、スタート直後から後継者問題にぶつかる。

 これまでハイシニアの起業例をみると、グループホームからバイク自動車修理、家屋のリフォーム、焼き鳥屋と幅広い。いずれもそれぞれの分野に於いて、自分がかねて理想としていた形を実現したいとして起業したケースが多く、それなりにユーザーの心を掴んでおり、お客さんにリピーターが多いのが特徴という。

 いい加減な事業計画による起業では、事業の失敗に伴うすべての人生の破たんという巨大なリスクを抱えており、やり直しがきかない極めてタイトなベンチャー経営であることを忘れてはならない。経営が悪化した時の身を引くタイミングを失しないことが重要となる。

 シニア・ベンチャーに特有なこのようなリスク管理を除けば、ベンチャー起業による第2の人生は、その人の実務経験を趣味化し、それが生き甲斐となって多少なりとも利益を生むという点では、理想的な展開ではある。

 最近の大きな話題といえば大型リチウムイオン電池開発生産で気を吐くエリーパワー(株)であろう。2006年創業時の社長の年齢は60歳代後半。大手電池メーカー退職後、技術指導役として参画した取締役も60歳代後半だった。

 国民生活金融公庫がかつて行った調査(2001年)によると、シニア層の起業の動機としては、
 これまでのキャリア・資格を生かしたい自分の趣味や特技を生かしたい
 社会に役立つことをしたい
 少額でも起業できる
 自宅ででも起業できる
 などが挙げられている。起業に関連する仕事に従事したことがある人は約90%にのぼり、年数は平均15年であった。

 失敗の原因をみると、
 計画が過大すぎた
 予想以上の経費増加による運転資金不足
 経営のノウハウの不足
 キャッシュ・フロー無視の経営(黒字倒産あり得る)
 などとなっている。

(多摩大学名誉教授 那野比古)