第93回
「団塊世代大量リタイア時代‐ベンチャー投資(エンジェル)クラブで趣味と実益はいかが」
Thursday April 5th, 2012
ここに2010年度に関する厚生労働省の統計がある。これをみると同年には何と一般労働者の7.1%が定年退職する。一般労働者は372万人とされていたから、実に1年間で26万4千人の人がリタイアする計算になる。これが団塊世代の大量定年時代到来の姿だ。これら退職者が手にする膨大な退職金は、この超低金利時代とリスクの極めて多い仕組み債的な投資環境と相まって、その行き先が定まっていない。
そこで生活に余裕のあるリタイア組の方にはどうだろう!趣味と実益、ボケ防止を兼ねて、よちよち歩きを始めたベンチャー企業への支援を考えては―。クラブ形式なら少額でさまざまな企業に分散投資していくことが可能となる。
筆者はかつて米国のベンチャー投資(エンジェル)クラブをいくつも見学させて頂いた。メンバーのほとんどがリタイア組で、ギラギラした儲け狙いの投資ではなく、地元ベンチャー育成が趣味といった面があり、趣味と実益を兼ねた活動であることが特徴だ。メンバーの中には、社会経済動向に目配りしていないとベンチャー企業への投資効果などが判断できなくなる可能性があるため、ボケ防止に最適という人も少なくない。ベンチャー投資クラブの運用には様々な方法が存在するが、典型的なのは次のようなものである。
クラブのメンバー数は100人前後。年に数回(毎月あるいは4半期に1回)簡単な夕食つきの例会をもつ。
例会には、3社ほどベンチャー企業の経営者が招かれ、出資を仰ぐためのプレゼンテーションを行う。プレゼン時間はポイントのみ30分程度で30分の質疑応答が伴う。
招かれるベンチャー企業は、クラブが存在する都市から半径200キロ程度内から探し出される。これは車でいつでも当該企業へと出かけ、経営者と話し、状況を把握することができる距離といい、近所の風評など聞き込みもできる。
対象となるベンチャー企業はスタートアップかアーリーステージ。まず当該企業に惚れ込む気概が大切だという。
出資額はクラブによってさまざまだが、例会1回につきメンバー1人100ドルといった所もあるが、裕福な地域では1000ドル。この額はあくまでコミットメントであって、実際に出資が実行される際に現金が支払われる。出資対象がない場合は、コミットメント残を累積する所と、例会1回ごとに打ち切る所がある。
出資を希望するベンチャー側としてはコミットメント残があるクラブの方が多額の投資を期待でき、こちらに応募する一方、スタートアップ企業で少額1万ドルでも欲しいという場合は例会ごとのクラブを選ぶ。同一都市地域でも、いくつかのベンチャー投資(エンジェル)クラブが存在し得るのはこのような形での競争原理が働いているからである。
対象ベンチャー企業の選定は、書類審査と事前企業訪問による。クラブ規定に合格し瑕疵がない限りなるべく例会にかけるという姿勢である。
出資の決定は、ベンチャー企業経営者退席後、1時間くらいかけて出席メンバー全員で討議。最終判断は挙手による多数決で決める。この決定に異議を唱えたり、いい企業だからと別途抜け駆けの出資に応ずるといったことは禁止されているケースが多い。
一般に投資期間は5年を見込むケースが多い。スタートアップやアーリーステージ企業だからこれでIPOを狙うのはやゝ無理で、出口戦略は、M&Aと大手投資家への株式売却。IPOのように濡れ手に粟の如き大儲けはできないが、企業価値の向上によりM&Aなどでは少なくとも投資額の数倍のリターンを手にすることができる。
これら出資の運用は、妥当な手数料を払って専門の証券会社などに依託している。投資期間を過ぎて塩漬けになった企業や不幸にも期限内に倒産した企業の整理も依託を受けた証券会社の仕事である。
(多摩大学名誉教授 那野比古)