第62回「広島爆心地244シーベルト、印ケララ州年間20ミリシーベルト、65万シーベルトに耐える菌」
Friday August 19th, 2011
前回自然放射線について触れた。日本では年間1.5ミリシーベルト、時間単位でみると平均0.37マイクロシーベルトという値であった。ところが世界をみると、自然放射線による線量がこの値をはるかにオーバーしている地域が至る所に存在している。
著名なのはインド南部のケララ州。この地域の海岸は砂の中にモナザイトと呼ばれる鉱物が多量に含まれており、モナザイトの漂砂鉱床を形成している。モナザイトは放射性物質、特にトリウムを多く含むのが特徴で、国際的な核物質に関する規制の対象ともなっている。トリウムは、セリウムやランタンとともにリン酸塩の形で鉱物を構成している。当然放射線も高く、平均で年間3.8ミリシーベルト、最も高い所では何と同20ミリシーベルト以上という。
モナザイトといえば、美しい白浜の観光地として有名なブラジルのガラパリもそうだ。ここでの自然放射線量は年間10ミリシーベルトに達する。楽しくビーチ・パラソルを立てられる所ではなさそうだ。
中国広東省の陽光も高い自然放射線で知られている。その値は年間6ミリシーベルト。この地域では住民の末梢血リンパ球の染色体異常が多くみられ、がん死亡率も高いことで知られていた。
これに対して原爆など人工的な放射線の量はどのくらいなものなのか。参考までに示しておくのも無駄ではあるまい。
広島についてこれまでのデータをまとめてみると、爆心地での爆発時の被曝量は、ガンマ線103シーベルト(ミリではない!)、中性子線141シーベルト、合計244シーベルト。爆心地から500mでそれぞれ28シーベルト、32シーベルト、計60シーベルトと推定されている。爆心地から2kmでも1シーベルトとされている。このほか原爆特有なものとして強烈な熱線(赤外線)があった。これは原爆が爆発した際に受けた放射線量だ。
広島ではこれら直接の被曝のほか、中性子が当たることによって放射化した物質からの二次被曝がある。また、放射化した物質を体内に取り込むことによる内部被曝という重大な問題もあるが、内部被曝については回を改めて詳論することとする。
原爆投下後その日のうちに救護などで爆心地近くに入り、数時間滞在した人の被曝量は0.2シーベルト(200ミリシーベルト)とみられており、投下翌日でも、数時間で0.1シーベルト(100ミリシーベルト)の被曝があった。
これらは外部被曝で、一般に外部被曝はガンマ線によるものが主だが、原爆や日本でのJCO事故などでは、極めて危険な中性子が主要な根源となっている。
終戦後米国は、原爆の殺傷効果の調査のために広島・長崎にABCC(原爆被害調査委員会、現:放射線影響研究所)を設立した。この機関は治療は一切行わず、被曝者の医学的調査のみが目的で、当時の厚生省が協力、緘口令のもとに日本の医学関係者も動員された。最も信頼できるデータは、被曝した医師・医学生に綴らせた日記であったという。
収集された全てのデータは1975年までは秘密扱いで米国に送られ、剖檢標本とともに米陸軍病理学研究所に保管されている。当時は原爆に関連する報道記事は検閲され、削除もされた。
それでは生物はどの程度までの放射線に耐えられるのだろうか。学名にラジオデュランスつまり耐放射線という言葉がついた微生物が存在する。1959年ガンマ線殺菌を施した牛肉の缶詰の中から発見された細菌は、650キロシーベルト(キロシーベルトはミリシーベルトの100万倍!)という驚くべき放射線に耐えた。広島の爆心地でも平気ということになる。学名は「ディノコッカス・ラジオデュランス」。これまで似たような耐性菌が20種以上見つかっている。乾燥に強い極限生物として有名なネムリユスリカやクマムシも放射線に対して強い耐性を示すという。
(多摩大学名誉教授 那野比古)