第54回「脱原発まず「地熱」で‐世界でも恵まれた火山資源を使わない手はない」

 原子力発電所は平均的に電気出力は1基100万KWとみなせる。100万KWは1GW(ギガワット:ギガ=10の9乗)とも呼ばれるから、単位としてはGWを用いると便利だ。というのは原発何基分と直感的に捉えることができるからで、例えばフィリピンでは2GWの電力を地熱から得ているということは、原発2基分の電力を地熱が供給しているということになる。

 日本は世界に名だたる火山立国。これまで火山は恐ろしい災害の元凶とみなされてきた。最近では雲仙普賢岳の大火砕流。1707年の富士山の宝永大噴火では江戸は火山灰に襲われ昼なお暗く、濡れ手拭いをマスクにローソクを灯し歩いた。この記録は新井白石の「折たく柴の木」に詳しい。仮に今このような災害が関東地方を襲ったら、超微細加工をベースとする現在のハイテク産業は壊滅的な被害を受ける。

 一方、火山は日本人にとって恩恵をもたらしている。まず、多くの国立公園にみられるような美しい景観、それに温泉。地質学・考古学的な時計すら用意してくれる。日本列島全域を覆うような広域火山灰(テフラ)の層が地層中に見つかれば、噴火の記録からその時代を特定することができる。「テフロクロノジー」と呼ばれる。

 例えば、宮沢賢治も土壌学の分野から注目したオレンジ色で目立つ粘土層「アカホヤ」。これは6300年前の証拠だ。九州南の鬼界(島)火山の噴火によるものだ。数ミリの中空ガラス球の割れた破片でできている層「アイラTn」が見つかれば、そこは約7万2千年前だ。起源は鹿児島湾北半分を占める姶良火山の噴火。

 ちょっと横道に逸れたが、これらの力の源は火山の下にうごめく高温のマグマ。マグマの熱は、地表からしみ込んでくる大量の水を熱し、熱水や水蒸気を作り出す。我が国ではこのような熱水や水蒸気が地下の割れ目に充満している所がある。これを地上に取り出して発電機のタービンを回転させようというのが地熱発電である。

 ここでのキーワードは地溝(グラーベン)や大規模カルデラ。陥没した場所である。別府湾から九州を横断し橘湾に至る大分・島原地溝帯、霧島から鹿児島湾に抜ける地溝帯。実は九州での若い火山はここに分布し、地熱地帯を形成しており、九州の地熱発電所(日本最大の八丁原0.11GW、山川・大霧それぞれ0.05GWなど)がここに立地している。

 地熱発電の最大の特徴は、他の自然エネルギー発電と比べて設備稼働率が高く、安定したエネルギー源ということである。太陽光発電では15%、風力発電では20%しかない設備稼働率が地熱発電では70%を越している。

 太陽光で1GWの発電所を作るためには、山手線の内側を太陽電池で埋め尽くす必要がある。それでも実際に取り出せるエネルギーは15%でしかない。これは極めて不効率だ。

 筆者はかつて八丁原発電所を訪ねたことがある(九州電力と北海道電力はなぜか地熱発電所とは言わない)。熱水は、近くの山の反対側の地下から取り出していた。数km以上の傾斜掘りである。そのために本来は石油掘削のためのODECO社の巨大なリグが動いていた。

 かつて160℃あった熱水の温度が一部井戸で130℃へと下がったため、ペンタンを媒体としたバイナリー発電の準備がなされていた。熱水からの蒸気で直接タービンを回すのではなく、その熱でペンタンやアンモニアなど低沸点の媒体を気化させ、その圧力でタービンを回転させるのがバイナリー発電。その後オーマット社(イスラエル)製の装置が導入され、2000KWの発電が開始された。バイナリー発電は100℃台の熱水からでも効率良くエネルギーを取り出すことができ、今後の地熱開発の目玉技術だ。

 目玉といえば、高温の温泉水で発電しようという動きもある。草津温泉ではすでに小規模な発電システムが稼働している。パナソニックは熱電素子を利用した「熱発電チューブ」を試作している。長さ10cmのチューブに温泉水を流して1.3Wの発電に成功したという。

 富士電機システムズでは、世界最大出力1基0.14GWの発電装置をニュージーランドのナ・アク・プルア地熱発電所に納入した実績を持つ。地熱発電装置では日本のメーカーの世界シェアは70%。道具は揃っている。

 一方、日本の潜圧地熱エネルギーは33GWといわれているが、国立公園規制や温泉地との対立などで開発可能量は15GW。それにしてもわが国の原発50基中の15基分はまず地熱で賄える。さらに開発中の高温岩体発電などが実用化されれば、地熱で全原発を代替するのは夢ではなくなる。

(多摩大学名誉教授 那野比古)