第42回「海の中を流れる大河‐懸念される放射能汚染の国際問題化」
Wednesday April 6th, 2011
東京電力は3月4日、低レベルの放射能汚染水1万1500tを太平洋に投棄することを決めた。全体でどのくらいの放射性物質が海に流されるかは、低レベルというのみで明らかにされていない。
放射性物質の海洋投棄といえば、1993年10月、旧ソ連による液体放射性廃棄物の日本海への投棄がある。ソ連沿岸沖500km付近で、量は900立方メートル、0.38キューリー(約10億ベクレル)とされる。
この中は、セシウム137が0.29キューリーを主に、ストロンチウム90とコバルト60が含まれていた。だが2ヶ月後に行われた海洋調査では、顕著な異常なしで幕引きされた。
河川への投棄については、1948年これも旧ソ連による南ウラル地方テチャ川への投棄がある。秘密核都市といわれたチェリアビンスクには、核兵器用プルトニウムの抽出工場があり、そこから出てくる高レベル廃棄物がテチャ川などに放流された。その量は計300万キューリー(1兆ベクレルの10万倍)という膨大なもので、この4分の1がセシウム137とストロンチウム90であったという。
長さ240kmのテチャ川の流域には過疎地ながら39の集落があったが、その住人約3万人が被曝、うち7500人は移住を余儀なくされた。被曝量は最大1人1.4シーベルト(1万4000ミリシーベルト)といい、1952年、川への放流は中止された。
テチャ川事件は国内の問題である。ところが海洋に放流となると話はまったく異なる。
銚子沖100km先には、黒潮が流れている。幅200km、時速8kmで東に流れている。流れの深さは200mまでだが、温度が高く高塩分の黒潮本体の厚さは100m未満。かつての漁師はこれを黒潮川と呼び、川と見立てていた。
中国の長江数千本分が流れているまさに海の中の大河。ここに放出された放射能汚染水が乗るとなると、影響はカムチャッカ沖、そして北米沖に至る。
本欄第38回で、炉心の直接冷却ではなく、熱交換器を通した冷却である「残留熱除去系」の早急な回復に期待と記したが、直接冷却を続ける限り、行き場のない汚染水はとどめもなく生成され、いずれ2回、3回と海洋に放流せざるを得なくなる。
海洋に流された放射性物質は拡散されるとはいえ、“海の中の大河”の中には色濃く残り、やがて北米沖などでわずかでも放射能異常が検出される可能性がある。国際原子力機関(IAEA)の要請でフランスの研究機関が行ったシミュレーションによると、汚染物質を含む海水は当初北方へと流れ、仙台湾から東に向きを変えるという。
福島第一原発の近くの勿来には、第2次大戦中、旧日本軍が北米に向けて放った風船爆弾の基地があった。日本人が発見したジェット気流はこの地の上空を北米へと流れており、それを活用した。放射性物質が空中に飛散し、この気流に乗るなどしたものは手が付けられない。
しかし汚染水は国内に留めておく手はある。海水の炉心注入を開始する時点で、同時に原発構内に、地下水への漏洩防止を施した受け皿のプールの掘削を突貫工事で開始すべきなのだ。
核アレルギーが強い国からは、検出された異常値がたとえわずかでも、強烈な物議が捲き起こるのは間違いあるまい。海は東電のものではないことを忘れてはならない。
(多摩大学名誉教授 那野比古)