第34回「抜け駆け出願にリサーチ・ノート―共同研究開発の盲点」
Thursday February 10th, 2011
勝れた技術をもつ中小企業は少なくないが、製品の実態はその技術をベースとした部品の販売にとどまる。単なる部品であるが故に付加価値を載せるノリシロは少なく、絶えず納入先からの値下げ圧力にさらされる。
そのような境遇にある中小企業が、それぞれの得意技術を出し合ってシステム化、それらを新たな商品として開発しようという動きは最近特に顕著になっている。経済産業省が推進している「新連携」プロジェクトはまさにこのような流れを加速させるのが狙いだ。企業の力の根源となるキャッシュフローを生み出すためには厚いノリシロをもつ付加価値を創出することが不可欠だ。
このような観点から、中小企業が積極的に乗り出しているのが共同研究開発。相手は同じ中小企業の場合もあれば、大企業やその研究開発部内、国や自治体の公的研究機関、大学などの場合もある。研究開発の成果は一般に特許など知的所有権として確立され、それを武器とした独占的市場の享受を図る。
ところが、最近になって、次のような異常な例を耳にするようになった。
共同研究開発中の相手側が、研究開発作業中に得られた一部中間成果をひそかに特許出願、これによって研究開発全体の権利化を図る。
相手側の大企業が、既存の自社製品の市場侵食を防止するため、競合する恐れを持つ研究開発作業を妨害する目的で類似技術の特許を出願。蛇足だが、大企業が、恐るべき競合製品の出現が見込まれた場合、既存製品保証のためにはその特許を買収、握り潰すということすらやってのける。
相手側が外国人の場合、特に注意すべきはリサーチ・ノートである。これは自分が携わった研究開発作業の状況を逐一記録したもので、段階的な成果が得られた場合、その都度周辺の複数の共同研究開発者にwitness、いわば証人としてサインを求める。例えば「このようなデータが出ました」といった結果を示し、「間違いない」という証しに署名を求めるのである。
わが国で当該研究開発の成果の権利が特許などで確立されたとしても、その外国人研究者はリサーチ・ノートを根拠として米国で特許出願を行うことができる。それは米国やフィリピンなどとわが国との間には特許制度の違いがあるからで、米国では先発明主義が採用されている。ちなみにわが国など多くの国では先願主義である。先発明の主張を正当化するためにはリサーチ・ノートは極めて有力な手段となる。
共同開発などのアイデアを知的所有権制度が厳格でない中国などにひそかに流出させるという事例も存在する。
共同研究開発の実施に当たっては、契約内容を厳しくチェックするとともに、研究開発に係わる中間段階の成果などについても権利の帰属先を明確にしておく必要がある。リサーチ・ノートについては外国人であるかないかにかかわらず、作業にかかわる全員が共有する客観的なノートを作成するとともに、安易なwitnessとしてのサインは絶対に避けるよう指導しておくことも大切である。
(多摩大学名誉教授 那野比古)