第23回「バイオベンチャーのしにせが新たな抗ガン機能を発見」

 1987年筆者は『バイオベンチャー林原の挑戦』(ダイヤモンド社)という本を出した。ユニークな研究開発方針と経営戦略をまとめたものだが、わが国バイオベンチャーのはしりである林原生物化学研究所(岡山)が、生体がもつまったく新しいガン細胞攻撃の仕組みを発見、去る9月、大阪で開かれた第69回日本癌学会学術総会で発表され話題を呼んだ。その主役は2006年、林原生化研がみつけた臍帯血由来のT細胞で「HOZOT」(ホゾティ)と名付けられたもの。

 血液の中の白血球はリンパ球、マクロファージ、樹状細胞、顆粒球に分類され、リンパ球はさらに、B細胞、T細胞、NK(ナチュラル・キラー)細胞に大別される。この中でT細胞はいわば免疫の司令塔で、T細胞の指令を受けてB細胞が抗体を産生し、生体内に侵入してきた異物、細菌やウイルスを不活性化する。いま問題となっているAIDS(後天的免疫不全症候群)はエイズ・ウイルスが肝心のこの司令塔を攻撃するため、免疫機能が損なわれてしまうことによる。マクロファージは、侵入してきた細菌やウイルスをアメーバ状にとり囲んで捕食、消化する。これも生体免疫にとって重要な役割を果たしている。

 ところで林原生化研が発見したT細胞の一種ホゾティはこれまで知られていたT細胞とはまったく異なる働きをする。特にガン細胞だけに好んでとり着き、ガン細胞の中に侵入するという「セル・イン・セル(細胞侵入)現象」がみられることだ。ガン細胞中に入ったホゾティはやがて死ぬが、その際いくつかの細胞障害物質を放出、それによってガン細胞自体も死に至らしめる。ガン細胞を内部から死滅させる機能は世界で初めて発見されたものだ。

 林原生化研ではホゾティを株として分離、培養することにも成功。今後は、セル・イン・セル現象の機序を解明するとともに、新しいガン治療の確立を目ざし、(1)セル・イン・セル活性を強化する物質の探索、(2)ガン患者自身からとり出した血液でセル・イン・セル機能を持つ細胞を作り出す治療法、(3)ガン細胞に抗ガン剤を直接届けるベクター(運び屋)としての利用―などの研究を進めることにしている。

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ガン細胞に核から侵入している
(林原生化学研究所提供)

(多摩大学名誉教授 那野比古)