第19回「偉大な『間』(ま)の重要性を発見した湯川博士」
Tuesday July 20th, 2010
先日30年来の知人から「間」(ま)についての手紙を頂いた。落語、歌舞伎などの古典芸能では「間」が重要視される。その「間」についての芸術観を語ったものだ。
ところでこの「間」に秘められている無限の可能性を理論的に予言、ノーベル賞まで受賞したのは湯川秀樹博士であった。ある意味では物理学上の“無法地帯”すら現出する「間」を逆手にとった。
原子核は一般に陽子と中性子という2種の核子から成り立っている。ところが陽子はプラスの電気をもつにもかかわらず中性子は文字通り電気的にプラスマイナスゼロ。一方の核子は電気的に中性なのに、どうして陽子と引き合っているのかは大きなナゾであった。
ところで、原子の内部のような極めてミクロの世界では、ある粒子の位置を細かく決めようとすればする程、その粒子の重さ(質量)は無限大となってわからなくなってしまうという現象がある。この関係は、微小な時間(Δt)と微小な運動量(Δp)の間にもあてはまる。この2つを掛けたものは、ある小さな値「プランクの定数」h 以上になることはできない(「ハイゼンベルグの不確定性原理」Δp・Δt<h)。このような世界は「量子力学」の世界という。
一方、量子力学の世界では、ある粒子とある粒子の間に引き合う力が発生するのは、2つの粒子の間で力を媒介する粒子をやり取り、つまりキャッチボールするからだとされている。例えばプラスの粒子とマイナスの粒子の間では光子がやりとりされる。
ところで原子核の大きさは10-12cm、この間を光の速度(秒速30万km)で走り抜けるのに要する時間はおよそ10-23秒。この微小な時間に、陽子と中性子との間で何か力の媒介をする粒子がやりとりされているとしたら!その粒子の大きさはいかほどのものか。前出の不確定性原理で、Δt に先の時間を入れてやると、この粒子の最大の重さ(質量)は電子の300倍と出た。これが、湯川博士が核子同士を引きつける力の媒介粒子「中間子」として予言したものだ(正しくはπ中間子で電子の280倍)。
ところで、電子の280倍もの粒子は一体どこから生まれてきたのか。陽子と中性子の間には何もない。いわば真空。そこから微小時間(Δt)の間だけ働いては消える粒子が生まれてくる。これは物理学の大前提である「質量保存則」に反する。実はここが前述の“無法地帯”といわれる由縁、湯川博士は“何でもあり”のΔt を逆手にとったのだ。
微小な時間(Δt)は物理学上の「間」とみることもできる。とするとこの偉大な「間」には大法則をも破るだけの無限の可能性が存在していることになる。この「間」の偉大さの発見者こそ湯川博士であった。
「間」の究極の重要性はマクロの現実の世界でも活きているのではないだろうか。ベンチャー企業は大企業同士あるいは大企業と社会をつなぐ「間」的な存在になってこそ、その意義があるのではないだろうか。
(多摩大学名誉教授 那野比古)