第169回「無から有を生み出すBizモデル㊶‐相性がいいアグリ・ベンチャーと農業6次化のドッキング」

 政府が打ち出した6次化をベースとした農業の再生は可能なのか。折しもシンガポール、マレーシアなどでは政府が音頭をとって、やや高価だが新鮮で安全な野菜の自給率を10%アップする政策を打ち出している。これに呼応する形で我が国からもアグリ・ベンチャーが相次いで進出。1000平方メートル単位の農地を借りて植物工場を設立、野菜や果物の生産に乗り出した。シンガポールでは自国資本でビルを植物工場化、初年度から黒字を計上する企業も出ている。

 

 農業の6次化は農業者に生産から加工、流通まで手掛けさせようというものだが、老齢化の著しい農業者に、ここにきて急にその全てを担わせようというのは無理。第一それぞれの分野のノウハウに乏しいのが実情である。そこで呼ばれているのがベンチャー企業とのドッキングだ。先にみたシンガポールはそれを物語っている。

 

 食品関連産業全体では国内1000兆円と言われているが、この中で1次産業はわずか10兆円にしか過ぎない。それでいて耕作放棄地は全国で40万ヘクタールに達している。このような斜陽を建て直すには新たなベンチャーの創造性が不可欠ということになる。1次の農産物の生産にしても、工場化か大規模化によって、農業本来の弱点である天候の影響を回避する。

 

 工場化といってもそれは簡単な話ではない。対策はLED(発光ダイオード)による野菜などの高速栽培に限られる。しかもLEDの適用は一様ではなく、作物で異なる。例えば、葉物野菜では発芽期には青色(波長450ナノメートル)、成育には赤色(同600ナノメートル)が最適とされている。栽培中は両者の比率を変えて、より大きな収穫量を目指すのがベンチャーのノウハウでもある。

 天候から遮断された完全閉鎖型の植物工場は病害虫の心配もなく、全体にうまく光を当てると露地の数倍の収穫は夢ではなく、工場生産物としてコスト競争力もつく。

 

 中国など海外の富裕層で注目されている食物の安全性はいまや商品の立派な属性となっており、安全ならば数倍の高価格すら認められている。植物工場の方向性がここにも示されている点は注目しなければならない。

 

 大規模化については「農地中間管理機構」を設立、耕作放棄地を借り上げ、農地を集約して貸し出す。露地農業の工業化である。

 

 ここで注意したいのは、このような集約農地の農業以外への転用。例えば、太陽光発電については様々なコストがすでに判っており、800平方メートルもあれば30キロワットの電力が得られ、売電すると年1500万円程度の収入が得られる。だからといってここに太陽光パネルを設置、というわけにはいかない。

 

 それを阻害するのが農地法だ。農作物での利用がない限り、放棄農地といえども転用は認めない。しかし、細切れ農地の集約化は自然の成り行きであり、膨大な畦道の農地化と耕作地所有者の地権者としての事業参加、企業などの収益管理技法の導入、特産物の機能性製品への加工出荷、観光参加型農業の導入、小口農地所有“株主”の募集など新たな方策は枚挙に尽きない。その実行主体は、手間がかかる割には微益を嫌う大企業より、意気盛んなベンチャーということになる。

 

(多摩大学名誉教授 那野比古)