第127回「「CSV」無から有を生み出すBizモデル⑤‐今後の製品開発の要「共通価値の創出」」

 本欄の第123回から4回分を見られた方は、いずれあれが出てくるに違いないと思われた方も多かろう。「CSV」(クリエイティング・シェアド・バリュー)である。日本では「共通価値の創出」などと訳されているが、昨年初頭、ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーターと米コンサルティング会社FSGのマーク・クレイマーがハーバード・ビジネス・レビュー誌上で提案したものである。
 この概念は企業の存続性と社会的貢献に関するもので、これまでのように企業は株主や従業員のためにカネだけ儲ければよいという利己的な経営ではなく、企業に関わりを持つステーク・ホルダー、つまり株主や従業員ばかりではなく、取引先や顧客、企業周辺の地域住民に至るまで企業が創出するメリットを分け合おうというもので、別の言葉でいえば、新しい社会貢献ビジネスの提案ということでもある。それどころか、この貢献ビジネスを自社の競争力の強化、新しい価値創出の源として活用しようというのがCSVの原点である。
 貧富の差が激しくなる一方の現代社会に於いては、儲けだけを考える企業は社会的攻撃の絶好の的となる。企業イメージを悪化させ、競争力を減退させる原因となる。それを大きく緩和させようという動きはこれまでもあった。
 CRS(コーポレイト・ソーシャル・レスポンシビリティ)わが国では「企業の社会的責任」などと呼ばれている企業行動である。これはいわば慈善運動的に企業の利益の一部をステーク・ホルダーに還元しようというもので、非営利的側面が強い。社会的な問題の解決を企業の“責任”とみる考え方で、いわば“受け身・守り”を主張するのがCRSである。
 ところがCSVでは、この社会的問題の解決が企業の競争力・利益の増大と両立できる絶好の“機会”と捉え、企業と社会の双方に価値を生み出そうとする“攻め”の社会貢献へと大きなパラダイム・チェンジを主張する。企業活動を通じて社会的問題の解決を図り、それを新たな他社との差別化、競争力の強化策につなげようと考える。そのためには、製品やサービスの開発コンセプトもこれまでとはガラリと変わってくる。社会が解決を求めている問題をしっかり把握し、それをステーク・ホルダーと共に解決することが出来る製品・サービスが求められる。また、このような基本的な姿勢がないと、今後の企業の存続性に赤信号が点くというのが、CSV(クリエイティング・シェアド・バリュー)の本質なのである。
 ポーターは企業の競争力向上を重視、多くの研究著作があるが、彼はCSVによって新しい境地を開拓した。ポーターは変わった学歴を持っていて、大学の出身は理系、1969年プリンストン大学工学部航空宇宙機械工学科の出身である。したがって、多くの経営学者とは異なった視点を持っており、競争戦略としては5フォース分析、バリュー・チェーン、クラスターなど様々な斬新な提案を行ってきた。
 彼が新たにCSVを述べるに当って、モデルのひとつになったといわれているのが、トヨタの「プリウス」。純粋なEV(電気自動車)と異なって航続性を維持しながら、二酸化酸素排出の削減を大きく打ち出した。ユーザーは少々価格が高くても、地球環境に貢献出来ると考えてプリウスを買った。トヨタはこれにより他社との差別化が成立、同性能の他社と比べて値札が高いにも係わらず、競争力アップの原動力となった。
 この問題は、これからの企業に対して次のように問いかける。
 自社の技術力、サービス力によって、どのような社会的問題の解決に役立たせることが出来るのか。その答えが同社の次世代CSV時代の製品・サービスということである。

(多摩大学名誉教授 那野比古)