第114回「イノベーション‐変動電気料金制からテレビ復活、電話番号も不要に」
2012年08月30日
これからは節電の趣旨で、時間帯によって電気料金が変わる「ダイナミック・プライシング制度」が導入される方向にある。前もって時間帯ごとに料金を決めておく「時間帯別料金」(TOU)、ピーク時には料金を数倍に引き上げる「ピーク時料金」(CPP)、時々刻々と需要と供給の関係によって変わる「リアルタイム料金」(RTP)、徴収を目的とするばかりでなく、節電した人に対しては金銭的なリベートを付与する「ピークタイム・リベート」(PTR)など、在庫の出来ない商品電力については省エネ実現のための様々なアイデアが出されており、それを実現するために地域・家庭用エネルギー管理システム(CEMS、HEMS)が提案されている。北九州市東田地などは、「地域節電所」のテスト運用すら行われている。このようにこれまで耳にしたことがないような技術が電力の世界に持ち込まれて、そこには新たな既存の中小企業やベンチャーが意欲的なイノベーションを携えて参入する余地が創出されている。
電力を例に話したが、このようなイノベーション待望の市場は今数え切れないほど創出されようとしている点に十分注目する必要がある。
例えばピーク回避の部分だけでもピークシフト・ボタンがついた直流扇風機(ピーク時には内蔵の電池で稼働)など高価格にも関わらず省エネを合言葉に売れている家電製品が出始めている。ピーク・シフトの問題については、今後様々な電子機器にシフト用の電池が組み込まれていく可能性がある。また、きめ細かい制御と低電力という2つの利点から直流制御へと移り電子機器にインバーターが導入されていく可能性がある。
テレビが地上波デジタルに統一され、それまでの駆け込み買い替え需要が一段落すると、テレビは全く売れなくなった。そのテレビに活を入れるイノベーションも姿を見せようとしている。新しいハイパーリンク言語である「HTML5」や「5Kテレビ」などだ。
まず5Kテレビだが、これは現在のハイビジョン大画面テレビの「フルHD」(1920×1080画素、2K×1K)の4倍に当たる(3840×2160画素、4K×2K)の細密化を実現しようというもので、ここで注意しなくてはならないのは4K×2Kでの番組放送でなくてもフルHD映像を4K×2K映像に変換するソフトウェアがカギを握ることだ。3D(3次元)テレビより早い普及が予想されている。このアップコンバート技術では、元ソニーの技術者が起したベンチャー企業が大活躍している。
ここにHTML5が加わると、新たなサービスをテレビに加えることが出来る。ヨーロッパではすでに、テレビとインターネットをつなぎ、見落とした番組を再送信する「キャッチアップ・テレビ」なる無料サービスが人気を呼んでいるが、HTML5時代になると視聴者がインターネットを通じて番組に参加出来る時代が到来する。
実はMTLM5を実行できる環境は整っている。グーグルのアンドロイドOSやアップルのiOSにはMTMLを解釈し実行するエンジン(ソフト)「Web kit」が内蔵されている。これまでアプリを書くには、アンドロイド用にはJava、iOS用ではオブジェクトCといった言語が使われており、同じ機能のアプリも2つの言語で別々の技術者が書き上げなければならなかった。しかも両社ではしばしば製品のアップグレード・チェンジが行われており、それに合わせてアプリを書き直すのには大変な労力が必要だった。ところがHTML5でアプリが作成出来るようになると、これまでのばかげた労力は大幅に不要になる。それどころかHTML5には「Web Intents」という、別のアプリに処理を委託して、その結果を受け本来の仕事を進めるという機能もある。これをデジタル家電に内蔵されているデバイスのアクセスに利用すると、カメラ、マイク、GPSなどの機能を一体化して利用できる全く新しい製品が現れる。
むろん前述の「WebKit」をどのようにデジタル家電、特にテレビに導入していくか、これは新家電市場を拓く切り札となる。いまはIPv6(アドレス長128ビット)時代、世界の家電がそれぞれIPアドレスをもっても不足することはない(これまでのIPv4の32ビット長アドレスではインターネットで実際利用可能なのは36億個にすぎなかった。
米国や韓国のベンチャー起業が今必死に取り組んでいるテーマだ。Webブラウザー同志がサーバーを介さずに直接通信し合える機能(WebRTC)もあり、新しいテレビ電話の出現が予想される。だがこの時代にはもう電話番号はなく、アクセスはインターネット上のアドレスで行われるようになるだろう。MTML5をベースとした新市場の開拓はベンチャーにとって宝の山。
※HTML(ハイパー・テキスト・マークアップ・ランゲージ):情報の中の特定の文字列や画像や映像などにハイパーリンクという属性を持たせ、リンク先を指定しておくことができる。クリックするとリンク先に切り替わる。
(多摩大学名誉教授 那野比古)