第88回「「冠効果」を生かそう‐ますます重要度を増す『ソフト型冠ファウンディング』」
2012年03月01日
インターネットなどを利用したまったく新しい資金集めのプラットホームとして「クラウド・ファウンディング」が注目を集めている(第87回参照)。ここでの出資のモチベーションは「共感」だが、この共感をさらに増幅させる装置もある。それはささやかながらも著名人や著名企業の参画をリストの中に見出すことである。
「あの人、あの会社が応援しているのだから間違いあるまい」という一種の信用が創出される。これを筆者は起業環境における『冠効果』と呼び、ある審査を経て入居できるような施設に存在する企業などが入居施設の著名度によって創出される信用を「ハード(ハコ物)型冠ファウンディング」、前記のように著名主体によるささやかな出資が呼び水となって、必要な出資金が得られる場合を「ソフト型冠ファウンディング」と称する。両者まとめて「冠ファンド」。多額の資金が固定費と無駄になる従来のハード型に比べて、今後重要度が増す一方なのが、ソフト型の冠ファンドということになる。
話は変わるが借用証を見せると出資が集まったという奇妙な話がある。明治時代の実業家として著名で日本の製紙王(王子製紙の創立者)とも称される渋沢栄一は、商工業の振興、今でいえばベンチャー企業の育成にも熱心で、自身500以上の企業に名を連ねていたといわれている。渋沢自身も将来展望が持てると思われる起業家に対しては少額の出融資に応じていた。実はこの際の借用証が資金集めの“信用状”に化けた。「あの渋沢がカネを出すくらいの事業だから、我々も一口乗ろう」。借用証を見せただけで事業資金が調達できたという。
渋沢栄一という“大きな冠”が信用の裏付けに寄与した。筆者が1980年代から唱えている「冠ファウンディング」である。「冠呼び水効果」と呼んでもいい。
1970年代末、フランスでの起業・創業の場としてポンピドー・センターが設立され、審査を通過した有望なベンチャー企業や芸術家などが入居した。フランスの出資者は、対象がポンピドーに居を構えているというだけで無担保で出資に応じた。
かつて長州一二氏が神奈川県知事時代、神奈川県を創造的なベンチャー企業の集積体にしようと試みる「神奈川頭脳センター構想」がスタートしたことがある。その象徴として、かつての池貝鉄工跡地に生まれたのが現在の「神奈川サイエンスパーク」(KSP)である。
筆者は当時県の科学技術政策委員会委員として構想実現に関与したが、厳しい公害3法の施行を受けて空洞化が著しくなった京浜工業地帯跡地の再生・有効活用の一環としてさまざまな施策が考えられた。そのひとつがKSP、即ち神奈川版ポンピドー・センターの設立であった。
前記渋沢栄一については付記しておかなければならない別の起業支援策があった。それは太政官礼を利用した国の地方商工業育成策だ。太政官礼は明治になって初めての紙幣(1868年)で、起業家などに半ば強制的に貸し出し、返還は金銀貨で求めた。ところがこの紙幣、市中にまったく流通せず、同額金貨と比べて価値が40%も下がるなど大変な事態となった。官礼はやがて回収されるが、当時の商法会所を通じてのこの安易な汎用的な振興策は失敗に終わった。この施策を編み出したのは渋沢とされているが、先のケースとのちがいは、冠効果がまったく発揮されていない点である。
米国では失われた産業界の国際競争力の回復を目指して、全米科学財団(NSF)が動いている。革新のシーズとなる基礎研究と、その産学界への移行に関して、賞金を与えることにより、冠呼び水効果を引き出そうとの試みが始められている。純粋基礎研究(これをNSFはボーア型と呼んでいる)や応用誘発基礎研究(同パスツール型)がターゲットだ。始めから産業への応用のみを目指した研究(同エジソン型)は含まれていない。根底にあるのは、資金が集まりにくい基礎研究分野にこそ冠効果が必要との認識である。
(多摩大学名誉教授 那野比古)