第85回「前回への補足 ソーシャル・ビジネスの火付け役「グラミン銀行」」

 バングラディシュのグラミン銀行については、貧困対策としたマイクロファイナンス方式を編み出した創立者のムハマド・ユヌス氏が2006年度ノーベル平和賞を受賞したことで広く世界に知られた。

 同国の極貧の農村の村民、特に女性に対し、無担保で低額の資金を融資し、自立を支援するのが目的のマイクロファイナンスは、ソーシャル・ビジネスの成功例としても注目されている。貸し付ける金額は1件につき1ドル以下から多くても数百ドル。内職用の材料の仕入れ費程度。利率は年利20%で、わが国で考えると一見高そうにみえるが、バングラディシュでは信用のない農民が一般の貸金業から借りる際の年利200~300%に比べると極めて低利と言わざるを得ない。個人の事業用は20%だが、住宅ローン、教育ローンはそれぞれ8%、5%と大幅な低金利となっている。

 事業用20%の利息の計算は単利で行われ、利息の総額は元本を上回らないと約束されている。

 1974年同国で大規模な飢饉が発生した時、ユヌス氏が農民42家族に総額27ドルを貸し付けたのがきっかけで、1983年には銀行にまで発展、現在では100億ドル近い貸し出しが行われている。

 貸し出し方式も極めてユニーク。対象は0.5エーカー以下の土地しか持っていない農民か小作農。

 担保を取らない代わりに、5人でグループを組むことが求められる。グループは連帯保証の責任を負わないが、道義上の肩代わり返済を担う。

 契約書などではなく、完全な信用貸し。

 興味深いのは、借り手は同銀行に対し「16の注意」なる文面を暗唱、遵守することを誓わされる。内容は、子どもを学校に通わせる、生活環境を清潔にする、3回の食事をちゃんとする、雨漏りしない家に住むなどの目標と心構えが述べられている。

 グラミン銀行は98%と非常に高い返済率を誇っているが、2003年からは、乞食も救済、定職を与える新たなプログラムもスタートさせている。

 乞食ローンは無利子0%で、返済期限は任意に設定でき、借り手は無料で生命保険に加入することができる。乞食をやめよとは強制はされないが、代わりにグラミン銀行から与えられたバッジを胸に付けなければならない。このバッジが乞食を立ち直らせる心の支えとなるよう期待されているのである。すでに10万人以上の乞食に小銭が貸し付けられているという。

 2009年5月現在で、同銀行からの借入者は787万人で、その97%が女性という。同銀行では万が一の事態に備え、顧客に銀行への預金も奨めている。

 グラミン銀行のマイクロファイナンスは、唯単に極貧の農民の貧困からの脱却を図るものではなく、生活の質の向上と意識改革を狙うものだ。

 前述「16の注意」はいう。私たちはより多くの収入を得るために共同で投資をする。私たちは互いに助け合う用意をし、もし誰かに問題が発生したら全員で助ける。

 この互助の精神は、女性にみの新たな企業を生み出している。同銀行からグループで数回の支援を受け、ミシンを購入、縫製工場に発展したケースや、女性としてはバングラディシュでは珍しい自動車の修理工場を開いた事例もあると聞く。

(多摩大学名誉教授 那野比古)