第80回「内部被曝⑭ 「ミトコンドリア・イブ」もびっくり‐語られない細胞内小器官の損傷と慢性障害」
2011年12月22日
チェルノブイリ事故での内部被曝については、セシウム137のガンマ線とともにベータ線が注目されている。これによるとみられるミトコンドリアの異常が児童に多くみられるからだ。
第63回でもミトコンドリア攻撃の話しをしたが、ミトコンドリアとは一体何者か。その素性を知っておく必要があろう。
ミトコンドリアは 核性物の細胞の細胞質の中に浮いている棒状または糸状の細胞内小器官で、長さは0.2~0.3マイクロメートル(ミクロン)だが、細胞が生きていくためにはなくてはならないものである。ひとつの細胞中に100~1000個ある。細胞核と同様に1人前の別個のDNAをもっている。
役割は第63回でも述べたように細胞内のエネルギー生産。細胞内では、エネルギーはATP(アデノシン3リン酸)という形で作られ、消費される。ブドウ糖などを分解してATPを作る工場がミトコンドリアである。
細胞内で動脈血から酸素を受け取って好気性呼吸を行い、TCA(トリカルボン酸)回路(クエン酸回路ともいう)や電子伝達系などの“装置”を運転して、1分子のブドウ糖から38分子のATPを生産している。
この工程の途中で活性酸素が副生されるケースも多く、これが細胞機能の低下による慢性疾患や老化の原因とされている(放射線と活性酸素については第55回、63回参照)。
放射線による障害は、細胞核内にあるDNAの損傷と発がんといった面ばかりにスポットが当てられ、ミトコンドリアや小胞体・ゴルジ体といった細胞内小器官の損傷についてはほとんど語られていない。
しかしミトコンドリアは細胞の文字通り“活力の素”となるエネルギー生産工場であり、小胞体・ゴルジ体はDNAの設計図に従って生産された様々な酵素などのタンパク質の“仕上げ・品質管理機関”である。しかも細胞中には多数存在している。
いずれの器官も、その損傷が直ちに生命を脅かすものではないが、正常な生命の維持が阻害される可能性がある。エネルギー生産が十分でないと、第63回でみたような慢性疲労症候群に陥ったり、ミトコンドリアがもつ独自のDNAに異変が生じるとさまざまなミトコンドリア病を発症するリスクがある。
小胞体・ゴルジ体に異常が生じると、生産した酵素に不完全なものが混じり、正常な生体活動に害を与える。
ベータ線は小さな粒子の流れ(本質は電子)で、生体内では1ミリメートルしか飛べない。だが、このわずか1ミリメートルの飛程の中で数十万個もの分子との衝突と分子の切断が生ずる。
直撃された細胞核は、その20%が死に、残り80%にDNA異常が残る。興味深いことに、細胞核に異常が生ずると、その周辺の細胞の細胞核のDNAにも異常が現れるといわれており、あたかも伝染するかのようなこの現象は「バイスタンド効果」と呼ばれている。
低線量の長期的内部被曝の怖さは、DNAの損傷・発がんという華々しいものばかりではなく、近隣の細胞小器官を痛めつけるという地味な悪影響である。これによって生活習慣病や成人病のような慢性的な疾患に苦しめられる可能性がある。
蛇足ながら、ミトコンドリアが独自に別個のDNAを持っている点については、アルファプロテオバクテリアの仲間の「リケッチャ」が細胞内に棲みついたのではないかといわれている。リケッチャは発疹チフスやツツガムシ病などの病原体となる細菌。感染した細胞の中でしか生息できない。ミトコンドリアとリケッチャはDNAが似ているといわれる。
なお、ミトコンドリアのDNAは母系からのみ伝えられる。DNAでこの跡をたどると、中央アフリカに棲んでいたはずの1人の女性へとたどり着くという。この女性は「ミトコンドリア・イブ」と呼ばれている。
(多摩大学名誉教授 那野比古)