第65回「内部被曝③ ウクライナいまでも食卓に載る11.6万ベクレルのキノコ‐内部汚染最高3億ベクレル」
2011年09月09日
体内に入った放射性核種の落ち着き先については本欄第58回で述べた。
体内に入り、組織などに沈着した放射性核種を体外から検出することは可能なのだろうか。このためには「ホール・ボディ・カウンター」と呼ばれる全身の放射線の検出できる大掛かりな装置が使われる。福島第一原発事故現場で働く作業員のチェックなどで報道され、耳にされた方も多かろう。だが、この装置で検出されるのも透過性が強いガンマ線が主。飛距離の極めて短いアルファ線やベータ線は引っかからない。
ということは、ガンマ線放射体であるセシウム137などの分布は判るが、ベータ線のみしか放射しないストロンチウム90は検出できないということになる。
ではどうして臓器別といった細かい部位についてのストロンチウム90などの分布を測定することできるのだろうか。
それは、放射性核種を餌として与えた実験動物、例えば組織的にヒトに近いといわれるブタなどを解剖し、摘出した臓器などをスライス、感光フィルム上に置いて、含まれている放射性物質の分布を測定するのである。フィルムを現像すると、放射線で感光していることから存在が判明する。この方法は検体とフィルムが密着しているので、40マイクロメートルしか飛ばないアルファ線も、最大1ミリのベータ線も確実にキャッチすることができる。第58回の結果はこのようにして調べられたものだ。
しかし、生きた人間の場合、そこから臓器や組織を採り出して感光フィルムでチェックするなどとても不可能。こうしてみると、ストロンチウム90は、生体内での挙動を知る上では大変むつかしい“曲者”であることがお判りであろう。
ところでチェルノブイリ事故から25年経ったいま、近くのウクライナの人たちはどの程度内部被曝の脅威にさらされているのであろうか。
住民は1年に1回のホール・ボディ・カウンターによる全身の検査が義務付けられている。それによると成人で最高の人は3億ベクレルもあったという。5万8000ベクレル~12万4000ベクレル台の人が多く、極めて危険なレベルだ。事故10年後に生まれた子どもは7000ベクレルと低く、2才の子どもは2000ベクレルだったという。
まず常食として多用しているキノコ。その残留放射線量は何と1kg当たり現在でも最大11万6000ベクレル。主にセシウム137によるものだが、ストロンチウム90も共存しているはずだ。このキノコが生えている土壌の汚染度は5マイクロシーベルトといい、キノコがもつ放射性核種の濃縮力の怖さを知ることができる。調理して食卓に出されるキノコとジャガイモの料理の放射線量は1kg当たり2万ベクレルであった。
このキノコとジャガイモの2万ベクレル料理を仔ブタに食べさせ、放射性核種(この場合はセシウム137)がどの臓器に移行するか調べる実験がわが国の長崎大で行われた。その結果それぞれ1kg当たり、心臓に16.25ベクレル、胃に15.00ベクレル、腎臓に21.00ベクレルが検出されたという。セシウムは筋肉への蓄積が指摘されているが、データは心筋も例外ではないことを示している。
わが国でも9月初め、棚倉町で採れたキノコ「チチタケ」(チタケともいう)から1kg当たり2万8000ベクレルが検出されたと政府から発表があった。出荷停止と摂取制限(規制値は同500ベクレル)が指示された。
余談ながら生物がもつ特異な濃縮性について、筆者の手許にあるデータを紹介しておこう。
海棲の細菌シクネラ・アルジェ菌は、廃液中の金属の取り込みに特別な能力があり、これを廃棄液晶ディスプレイからのインジウムの回収に役立てようというアイデアもある。インジウムは透明膜作りに不可欠な材料だが高価。ディスプレイを処理した115ppm(ppm=1000分の1)の濃度のインジウム含有溶液を30分ほどですべてのインジウムを菌体内に取り入れたという。
ロドコッカス・エリスロポスという菌は、カリウムと間違えてセシウムをよく吸収するし、植物プランクトンのミカズキモはバリウムと間違えてストロンチウムを吸収する。銅を選択的に濃縮するホンモンジゴケも見つかっている。
鉛や金などを取り込むコケもある。ヒョータンゴケは周囲より数十%高い濃度にまで鉛を取り込む能力があり、2kgのヒョータンゴケは70gの鉛を回収できるという。金を含む溶液中では、乾燥したコケの重量の11%もの金を蓄積した。この時は菌体の色が緑から赤に変化したという。レアメタルの回収にヒョータンゴケを使おうというアイデアもある。
生物がもつこのような特異な性質は、食物としては危険だが、除染剤として利用する場合には有用となる。この問題は次回で取り上げる。
(多摩大学名誉教授 那野比古)