第52回「職業専門家の驚くべき認識不足-ついでに炉心溶融と火山について」
2011年06月17日
何と驚いたことに、国の原子力政策を総覧する原子力安全委員会は、原発の生死を握る電源喪失についても、さらに水素爆発についても、リスクとして認識していなかったというのである。改めて国の原発事故安全指針をみると、「長期間にわたる全電源喪失は考慮の必要なし」とし、同委員会委員長はNHKの取材に対し、「震災が起きるまで電源喪失が深刻な事故につながると認識していなかった」と明言している。水素爆発についても同様だ。
それでは、多摩丘陵の片隅にある小さな大学、多摩大学の「先端技術論」講座において、強く学生たちに述べられてきた原発最大のリスク、外部電源喪失から水素爆発、あるいは水蒸気爆発に至る悪夢のシナリオは一体何だったのか。いわゆる職業的専門家でなくても、この程度のシナリオは常識的にちゃんと語られてきた。
1989年、筆者たちが発起人となり、多摩の一角で産声をあげた多摩大学では、当初から3、4年生を対象に先端技術論が開講されている。“産業の米”エネルギーの今後をハイテクの眼から眺め、その長所とリスクを知っておこうというのが主旨である。
原子力をはじめ風力、太陽光・熱、地熱、潮汐の各発電に加えシェールガスなど新しいエネルギー資源などについても解説される。原子力について担当教授(筆者)は当初から、以下に述べるシナリオを原子力発電がもつ最大のリスクとして取り上げてきた。
原発事故には大きな原因は2つある。ひとつは原子炉の暴走(核分裂反応制御不能)、他のひとつが冷却水の喪失(LOCA)である。チェルノブイリ事故は前者であり、スリーマイル島や福島第一原発の事故は後者に属する
後者の場合、
①制御棒自動挿入による炉心での連鎖反応停止
②炉心燃料棒の崩壊熱(いわば余熱)による巨大な発熱(第51回)
③外部電源喪失、自家用ディーゼル発電機起動失敗によるポンプなど補機類の作動不能
④炉心への注水、冷却不能。蒸発による冷却水の逸散
⑤冷却水喪失(LOCA)
⑥炉心燃料棒の過熱溶融
⑦高密度放射線による水(水蒸気)の分解(これはあまり語られていない)、ジルコニウムと高温水蒸気の接触による水の分解などによる大量の水素ガスの発生
⑧大規模水素爆発
⑨溶融した炉心の塊「デブリ」の圧力容器下方への落下
⑩残在冷却水あるいは外部から急激に加えられた水と高温高粘性のデブリとの反応で発生する水蒸気爆発(正確には「デブリ水蒸気爆発」)
⑪場合によっては、加えられた水によるデブリ内での一部一過性的な再臨界(連鎖反応)の発生と大量の中性子の放出(3月15日東電福島第一原発敷地内で中性子束が検出されたという報道もあり一瞬ギクリ)
ここで注目したいのは、デブリと火山の関係である。
マグマが地下深所から上昇し、山体中の含水層に接近、熱で含水層中の水を水蒸気に変え、この圧力で山体の形を変えるほどの爆発をおこす(例、1888年磐梯山)。これが「水蒸気爆発」といわれるもので、この場合マグマはひとかけらも地表に姿をみせない。
一方、上昇したマグマが含水層に貫入し、水蒸気とマグマの一部が一体となって爆発するのが「マグマ水蒸気爆発」。一般の火山の噴火はこのケースが多く、噴出物の中にはマグマのかけらが火山灰や火山礫として大量に存在する。
溶融炉心であるデブリを前述のマグマと置き換え、水と接触する際の上下方向を逆にすると、チェルノブイリ事故で問題となった水蒸気爆発を理解できるが、正しくは「デブリ水蒸気爆発」が真の姿である。デブリに含まれる多量の放射性物質を周辺に撒き散らす極めて危険な現象を想像することができるであろう。
(多摩大学名誉教授 那野比古)