第3回「100年に1度の大不況?大チャンス?」

 今、世の中は、100年に1度の大不況と大騒ぎ。ところが、今100年に1度のとてつもない大変革が進行していることは意外と見過ごされている。ベンチャー企業にとっては、100年に1度の大チャンスともいえるものだ。
 
 100年前の1904年は、フォード自動車会社が設立された年だ。翌年創業者のヘンリー・フォードは、自ら自社の車を駆ってカーレースに出場、1マイル39.4秒の世界新記録を樹立するや、フォード車には注文が殺到。これに応えるため有名な大量生産型のT型フォードが世に出たのは1908年である。T型は20年間でなんと1500万7033台が売れた。4気筒20馬力のガソリン・エンジンと斬新な遊星歯車式変速機は以降、市民生活や産業構造を一変させることとなる。自動車産業は、世界の基幹産業となり、その裾野に横たわる膨大な関連産業を駆動する牽引役となった。

 ところが今、自動車は風力や原子力で動こうとしている。といっても、帆や原子炉を積み込むわけではない。風力や原発で生成された電気エネルギーを動力源にできる。我が国(ソニー)で開発されたリチウムイオン電池、それに高性能モーターが産業構造を一変させようとしているのである。
 もはや高度な加工技術に支えられたガソリン・エンジンも変速機もシャフトすらいらない。T型フォードの否定である。膨大な関連裾野産業には同じ命運が及ぶ。大型高精度マシンニング・センターの需要など激減しよう。

 代わって、モーター、電池、変速機に代わるインバーターや回生電流制御など各種の制御装置メーカーが胎動する。インホイール・モーター(各車輪にひとつずつのモーター)などでは、新たな概念で設計された小型高性能・耐苛酷性にすぐれた電動・回生モーターの出現が期待されよう。この動きは、携帯電話やDVD機器などにしか関係しないと思われていた水晶発振器などにも及ぶ。電気自動車では、1台で100個は使われると見られているからだ。
 電気自動車には、更に走ること以外の重大な役割も存在する。コンセントで充電できるプラグイン電気自動車は、一方では家庭の一時的電力源を果たす可能性が指摘されている。次世代発・送電網である「スマート・グリッド」との相性がいいのだ。

 このような動きに強力な追い風を吹かせているのが、環境問題。仮にすべてを石油ベースとしたとしても、計算の仕方にもよるがガソリン車の総合効率9~12.5%に対して、電気自動車は28~35%と極めて大きい。

 そしてベンチャー。これまで述べてきた大変革には既存の巨大自動車メーカーは十分な対応はできない。抜本的業態業種変革を要求されるからだ。ここに本欄でも取り上げた中国のBYD社のように、自動車とは門外漢の企業が進出する余地が生まれてくる。それに、モーター、電池、制御機器といった分野も電気自動車に最適といった製品はまだ十分存在しないだけに、ベンチャー企業が果敢に参入できる分野は広大だ。

 100年に1度のチャンスをぜひ我が国のベンチャー企業の手でモノにしたいものだ。

(多摩大学名誉教授 那野比古)