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次男の慶介は兄の太介同様、理工系の一流大学卒業後、業界最大手の東証1部上場製造機械重機メーカー大日本重機に勤務し、製造委託機械の製造工程管理の仕事に長く従事した後、史上最年少で関係会社である大日本設備第三工場の社長を任され、38歳の年にこれまた史上最年少で本社取締役として呼び戻された。その後も順調に出世し、45歳で副社長の地位まで上り、マスコミを騒がせた。人物、業績ともに文句なしで、社長の呼び声も自然自然と高くなっていった。慶介も元々は兄の太介同様きまじめな性格で、どちらかといえば集団の中では目立たない部類に入るが、この人もうらやむような出世が自然自然と上場会社の社長候補としてふさわしい積極性を身に付けさせることになった。ところが、今から5年前、北川クリエイトの求心力であった父栄太の突然の死に、兄である太介から、社長としてこの窮地を救ってほしい、との懇願を受け、悩みに悩んだ末、父の死から2年経過した47歳の年に北川クリエイト3代目社長の座を引受ることになった。上場企業の副社長としては異例の辞任劇であったが、これまでの大日本グループに対する貢献度、そして特別な事情が考慮され株主総会での退任決議まで、無事、ことは運んだ。
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