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第一部 I スタートアップ |
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そういう中にあって、大滝は、双方の気持ちがわかるというメリットを生かし、織田鉄工の信用力で企画はするものの、プロデューサーとして、その企画、予算管理、進捗管理というところに徹し、一方で、クリエイターたちの心をつかむべく、彼らの兄貴分的な存在であった高橋を入社させ、その高橋の協力のもと、共同で企画を進めていった。
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狙いは的中し、評判のよいマルチメディアコンテンツが次々と制作され、業績も良くなり、マスコミにもしばしば登場するようになった。
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そんなころ知り合ったのが、商社活動を中心にマルチメディア事業を進めていた、瀬戸商事の瀬戸社長であった。瀬戸の外見はとても60歳とは思えないほど若々しい。瀬戸は、大滝の鋭い感性と行動力を非常に気に入っていた。一方大滝は、評価してもらえたという喜びのかたわらで、自分では気がつかないうちに、外に向って現在の立場と将来性に不満を持っていることが態度にあらわれているのかと、反省しきりであった。最近ヒット作が幾つか出たといっても、鉄工会社ならではの頭のかたさ、意思決定の遅さ、そして何よりも、稟議を回して決めなくてはいけないというまどろっこしさに、昨夜も愚痴をこぼしていたのだ。 |
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1997年2月に、再び瀬戸から独立を持ちかけられ、大滝は、自分で会社をつくっていこうと決断したのである。瀬戸商事、瀬戸社長とも独立後、支援すると約束してくれた。創業するメンバーとしては、織田鉄工の社員を連れていくのは絶対やめようと、大滝は考えていた。日頃つき合いのあった、32歳で、マルチメディアベンチャー企業で働いており、プロデューサーとしても能力の高い野田という男と、マルチメディアソフトを企画製作する会社で、企画業務を始めており、非常にセンスよく立ち居振る舞っていた28歳の北という男に目をつけ、話をすることにした。
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大滝は、事業の進め方はよくわかっていたが、会社を設立する手順については全くわからなかった。知っていたのは、会社は、最低資本金1,000万円で、取締役は3人以上必要であるという、程度の知識だけであった。
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瀬戸社長は言った。「大滝君、会社をつくって、自分の人生を賭けるのであれば、最初から株式公開を念頭において設立すべきだ。商法上の最低資本金が1,000万円だからといって、1,000万円で作る必要は全くない。専門家である公認会計士に相談しながら公開までのシナリオを最初からつくったほうが、私の経験から見ても、遠回りしなくていいと思う。親しくつき合っている大曽根総合会計事務所の大曽根公認会計士を紹介するので会って、みてはどうか。」。
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