| 第一部 |
第一部 I スタートアップ |
| I スタートアップステージ(夢を描くアントレブレナーの物語) |
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1. 創業の決意
「君は創業経営者に向いている。独立しないか?」。
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瀬戸商事の瀬戸社長からそう切り出された大滝明は、言葉に詰まってしまった。3ヶ月前からつき合い始めた瀬戸社長は、これまで一代で瀬戸商事を一部上場会社にまで育て上げたオーナーである。非常に厳しい人で、これまで何人もの担当者が瀬戸社長に面会を求めては無駄足を踏み、ほんの30分だけ面接の時間をいただいても、すぐに用件を切られてしまうといった非常に難攻不落の瀬戸社長であったが、なぜか、大滝明だけは気に入られていた。大滝明は、織田鉄工のマルチメディア事業部の部長代理で、38歳、脂が乗りきったところである。
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織田鉄工は、古くから続く高炉を中心とする上場会社で、これからは新規事業としてマルチメディアを展開すべきではないかという意見から、1995年にマルチメディア事業部を設置した。部長は常務の小牧が兼務していたが、全くマルチメディアの知識がなく、工場長として会社に仕えてきた。大滝が織田鉄工への入社を決意したのは、アメリカの大学を出てからコンサルタント会社に入り、産業界の分析や経営のあり方についてコンサルタントとしての自信をつけたことによる。父がそば屋を自営していたこともあり、いつかは自分でもビジネスをしたいという気持ちは以前からあった。織田鉄工が新しい事業部を始めると聞き、自ら小牧とコンタクトを取った。
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「マルチメディア事業部を君に任せるので、思う存分仕事をやってくれないか。大きなフィールドで安定した資金をバックに仕事をするのは、やりがいがあるよ」。
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数ヶ月して入社してみるとマルチメディア事業部とは名ばかりで、会社の支援体制がほとんどなく、配属された5人のメンバーも、マルチメディアの経験なり素質のある人間はほとんどいなかった。大滝は、織田鉄工が今後、差別化をして展開できる事業分野はどこかということを、各方面の人に会い、方向性を定めていった。マルチメディアの中でもインフラの構築分野には織田鉄工の資金力を上回る金が必要であることから、織田鉄工の上場会社としての信用力、そして知名度を背景に、マルチメディアコンテンツの制作をプロデュースすることにしてはどうかと思いついた。実際、他社でも大企業がマルチメディア、例えば映画でも、番組制作でも、コンテンツをつくるべく、企画をするのだが、実際に映画をつくり、番組を制作するクリエイターなどは、大企業のサラリーマンとは本質論的にウマがあわない人々がほとんどであった。打ち合わせをする時間についても、クリエイターたちは、夜から働き始めて朝方に帰っていくという時間帯が主なのに対し、本社の事業部サイドは朝9時から夕方5時の間に打ち合わせをやろうと言いはるなど、違う人種のようであった。
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