第173回「無から有を生み出すBizモデル㊷‐超先端科学マシンと人間のエゴと地元の理解」

 大強度陽子加速施設「 J-PARK 」 が疑わしい事故を起こした。漏れ出した放射線は微々たるもの(本来これはあってはいけない)だが、全コンピューター制御の警報器を人手でリセットしたばかりか、実験施設内に漏れ出した放射性物質の空間線量を少なく見せるようと、排気ファンをフル稼働させてごまかした。おかげで施設外に放射性物質を故意にまき散らすというとんでもない事態となったのである。

 

 これは漏れ出した放射性物質量の大小の問題ではない。それ以前に研究者のモラルの問題である。全てコンピューター制御されたシステムにおいては、警報遮断器が自動的に切れた場合コンピューター・システムをチェックすべきである。人間が勝手に手動でスイッチを入れ直してもいいのかという問題である。

 見かけの空間線量を降下させようと換気ファンを回すなど、悪事を働く手際が良すぎる。これまでもこのようなごまかしによる隠ぺいが行われてきたのではないかと疑われても仕方あるまい。

 

 J-PARKは茨城県東海村に約1,500億円の巨費を投じて、日本原子力研究所開発機構などが建設した1周1.6kmのリング状の陽子加速器である。2009年から本格運用を開始しており、光速に近い陽子を金などにぶつけて発生させたニュートリノを、295km離れた飛騨にあるニューカミオカンデまで送り、ニュートリノが3つの世代からできていることを証明するための実験を行っていることは有名だ。

 

 要するに大強度陽子加速施設は、新たな物理現象の発見・解明に重点が置かれており、世界でも最先端を走る。目標としては新しい粒子の生成も考えられている。

 我々の周りにある陽子や中性子は、アップとダウンという2種のクオークからできていて、陽子はアップ2個とダウン1個、中性子はアップ1個とダウン2個。ところがクオークにはこのアップ・ダウンの上にストレンジと呼ばれるものが存在している。そこでJ-PARKでは、アップ・ダウン・ストレンジの3種のクオークが1個ずつで構成されるラムダ粒子や、それぞれ上記のクオークを2個ずつ含むHダイバリオンと呼ばれる新しい粒子を創出する計画を立てている。このような世界的超先端科学分野のマシンが、理不尽な人間のエゴでしばらく稼働が難しくなろうとしている。運転再開には、地元住民の理解が不可欠であることなど、彼らには頭の片隅にもないのである。

 

(多摩大学名誉教授 那野比古)

 

本コラムは、本回をもってしばらくお休みさせていただきます。