第96回「超ニッチ市場で起業したシニア・ベンチャーの軌跡」

 シニア・ベンチャーの一例として紹介したいのは、2000年に、58歳・61歳が中心に、47歳の元銀行マンやハイテク技術者がスタートさせた
会社、MTAジャパン(株)。

 当時通産省工業技術院電子技術総合研究所(現・産業技術総合研究所)で計測を専門としていた遠藤忠さん(58歳)(以下カッコ内年齢は当時)(現・技術担当取締役)は、退職後(財)国際開発センターに委員として関連をもっていた。

 遠藤さんは測定誤差とゆらぎを専門に研究してきた世界的な権威で、その後この概念は製品の測定値の企業などへの提出に際してきわめて重要な問題になるとみられていたものだ。

 例えば、この抵抗器の抵抗は公稱5オームとされていても、本当に5オームジャストなのかどうかは判らない。実際は5.07オームかも知れないし、4.92オームかも知れない。最近のように電子機器類に超精密さが要求されるようになってくると、このような誤差は無視できなくなる。そのためには測定値のばらつきについての理解が極めて重要となってくる。精密測定技術の開発については、意外とシンガポールなど発展途上国の方が進んでおり、日本は非常に遅れているとの報告があった。

 このような議論が同センターの委員会で進められる中で、同じ委員会に属していた金融畑出身の沼知朋之さん(47歳)(現・同社代表取締役)は危機感を抱き、精密測定をターゲットとした新しい分野での起業が日本の将来のためにあり得るのではないかとの考えに達する。これが出発点となった。

 意気投合した2人は住み家も同じ柏市とあって、土日曜日にはそれぞれの自宅で会って、今後の進め方の検討を開始。

 この話を聞いた山内睦子さん(70歳)(現・同社技術担当取締役)が立ち上げに参加、資金面での支援の申し出もあった。山内さんは同じく電総研に籍を置いたこともある超電導マグネットなどで著名な物理学者。

 この超企業には、電総研OBの吉広和夫さん(61歳)(現・同社技術担当取締役)も参加。そして2000年末、計測測定における誤差、不確かさを“商品”とする極めてニッチでユニークな市場を目指したベンチャー企業、MTAジャパンの誕生となった。

 目的は、不確かさの自動評価ができるハードウェア・システムの販売と、較正と不確かさの評価ができるパソコン・ソフト製品の販売。

 最初は電気抵抗についての製品化がなされ、その後直流電圧などへと幅が拡げられているが、この分野に関心の高い大手企業の注目を浴び、たちまち10社くらいから引き合いが舞い込む。航空自衛隊では国内11基地すべてに抵抗測定器が納入されるという快挙を成し遂げた。

 マレーシアの産総研に当たるSIRIMとは較正の一層の高度化を狙って共同で新しい研究開発への取り組みが始まっている。

 MTAジャパンの主張する技術は、このほかオーストラリア、韓国などへのいわばボランティア活動で花開こうとしており、これまでの安かろう悪かろう文化からの脱却に役立っているという。

 『今まで何とかこの地味な分野の発展に寄与できてきたのも、技術者、科学者は金儲けに疎く、騙され易いという欠点を当初から徹底的に防除してできた意味が大きい。無理な背伸びは禁物です』沼知さんの述懐である。

(多摩大学名誉教授 那野比古)