第63回「内部被曝① 放射線のミトコンドリア攻撃が原因か 慢性疲労症候群」

 原発事故から数年後のチェルノブイリ近郊のある町での話だ。
「朝起きても気分が勝れず、1日中体がだるく重い。仕事中でも強い眠気が襲ってくる」
「このところキミは休みが多くなっていたね」
「肩や首が凝っていて、腰も痛い。すっかり根気がなくなった。眼精疲労もあり、仕事で小さなミスが多くなって会社を辞めざるを得なくなった」
「最近、目や口の周りがピクピクしているぜ」
「そればかりか、最近は動悸やめまいもある」
「医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」
「むろん受診したのだが、別段異常は見当たらないと云うんだ」
「最近キミは怒りっぽくなったねぇ」
「ちょっとした音や匂いも気になってねぇ。冷静な判断力も落ちたのか、つい感情的になっちゃう。」

 この2人との会話をお聞きになって、自分でも思い当たる節があると思われる方がいるのではないだろうか。多くの点で合槌が打てるようだったら、「慢性疲労症候群」(CFS)というれっきとした病気の予備軍だ。

 「慢性疲労」と「慢性疲労症候群(CFS)」とは根本的に異なる。前者は強度の疲れにすぎないが、後者は病気である点だ。

 慢性疲労は日頃の疲れが積み重なったもので、休養すれば回復する。ところが慢性疲労症候群はちょっとした休息程度では治らない。このような人は単なるわがまま、うつ病、などと誤診されていたが、最近になってCFSとしての診断が確立された。

 実は、広島・長崎の原爆事件、あるいはチェルノブイリ原発事故のあと、強烈・異常な疲れを訴える人が急増した。4、5分立っているだけでも横になりたくなるほどの疲労感があり、仕事も十分できず社会生活を阻害する。怠け者と誤解され巷間では“原爆ブラブラ病”と呼んだ。仕事ができず1日中ブラブラしているようにみえるからだ。これらの症状をもつ人々は、原爆後の内部被曝の影響を調査研究している過程で気付かれ、かなり多くの人々が正常な社会生活を送れていないことが判明した。

 参考までに、厚労省の慢性疲労症候群に対する現在の診断基準によると、1か月に少なくとも数日間、会社や学校を休まざるを得ないように疲れが数ヶ月間続き、医師の診察で特に病気の見つからない人で、次の11項目中8項目以上の症状が該当する人。
①微熱または悪寒、②のどの痛み、③首かわきの下のリンパ節の腫れ、④脱力感、⑤筋肉の痛み、⑥軽く動いただけで24時間以上続く全身倦怠感、⑦頭痛、⑧関節の痛み、⑨物忘れ、思考や集中力の低下、まぶしい、⑩不眠または過眠、⑪これらの症状の急激な発現。

 要するに、長期の激しい疲労困憊と全身倦怠感、それに思考力の低下という精神神経症状も加わり、社会生活に支障をきたしている状況である。脱力そのものだが、実は最近になって、まさに体、それぞれの細胞に活力を与えるエネルギー生成装置の異常が疑われるようになった。

 それは、細胞の細胞質内に存在するミトコンドリア。

 本欄第55回で「シドロキシラジカル」を紹介したが、実はこの話は、細胞の周囲に陣取る放射線物質による内部被曝を念頭に置いたものだ。

 細胞という袋は、細胞核とそれをとりまく細胞質で成り立っている。エネルギーは生産装置であるミトコンドリアや、製造したタンパク質などの品質管理を行う小胞体などといった微小の器官は、細胞質という海の中に浮いている。

 一方体内に取り込まれた放射性物質は、ここではガンマ線ばかりでなく、アルファ線やベータ線が強力な影響力を発揮する。ただそれらの飛距離は短く、細胞中ではアルファ線はわずか40ミクロン(ミクロン=1000分の1ミリ)、ベータ線でも1cmだ。

 しかし、1か所に長く留まるために、継続的な局所集中被曝が発生する。

 細胞核では攻撃により遺伝子の損傷という問題が発生するが、細胞質内では、第55回で述べたヒドロキシラジカルなどによって、ミトコンドリアなどが損傷を受ける。

 エネルギー生成装置がやられれば、力が出なくなるのは当然の帰結だ。

(多摩大学名誉教授 那野比古)