第53回
「フローからストックへ‐電力不足はベンチャーの独創力が試される絶好のチャンス」

 マルクスは「量的変化は質的変化を伴う」と説いた。だがここにきて「質的変化は巨大市場を伴う」という新たなテーゼに注目しなければならなくなった。

 第47回で電力はフロー製品の典型でストックがきかず、需要に見合ったオンデマンド・リアルタイム生産と書いた。しかし需要が生産を上回ると、産業に甚大な損害をもたらす大停電を引き起こす。

 それではフローをストックに変えればよいのではという議論になる。方法はいくつかある。電気エネルギーを位置エネルギーとして貯える揚水発電、回転運動エネルギーとして貯えるフライ・ホイール、化学エネルギーとして貯える蓄電池などである。手っ取り早いのは蓄電池。

 一方、欧米を中心に新たな発・送電システムとして「スマート・グリッド」が模索されている。

 これは必要なところに、最適の電力源を駆動し、最適経路で電力を供給しようというコストパフォーマンス・省エネ重視の発・送電の仕組みで、電力需要は各家庭一軒に至るまでスマート・メーターとIT網によって細かく把握されているのが特徴。

 このグリッドの中には、電力ストック化のツールとしての蓄電池が組み入れられており、需要が発電能力をオーバーしたり、使用電力料金が異常に高い時などには、この蓄電池からの電力を利用する。

 この電力貯蔵庫として期待をされているのが、家庭などでも充電可能なプラグイン電気自動車(PEV)、プラグイン・ハイブリッド車(PHEV)が搭載する電池である。そこでは次の4点が浮かび上がってくる。

①スマート・メーターはどこでプラグイン車が電力網に接続されており、電池にはいくらの電力が貯蔵されているかなどのデータを中央電力制御システムに送信、制御所はこのデータを集約して、必要に応じて電池に出力を指示する。

②電力が交流の場合、単なる過不足ばかりでなく電力の質として、安定した周波数と無効電力の供給を含む安定した電圧が極めて重要である。制御システムは、それぞれのプラグイン・サイトでのコンバーター(直・交変換器)、変圧器、必要に応じた進相コンデーサーなどをリアルタイムに制御することによって電力の質を確保する。

③もっともこのシステムには重大な盲点がある。それは蓄電池。特に高価なリチウム・イオン電池の劣化の問題で、グリッドによって充放電が勝手に繰り返されると、極端な話が、車には一度も乗らないのに電池が劣化して使い物にならなくなったなんて事態も起こりかねない。この劣化具合の評価やその補償をどのようにシステムに組み込むかは非常に難しい問題だ(リチウム・イオン電池のサイクル寿命は3500回とされているが劣化評価法は確立されていない)。

④電池個々のコストではなく、他の事案と組み合わせた新しいシステム全体で解決していく必要がある。

 電力不足はわが国だけの問題ではない。中国では内在する深刻な構造的欠陥として浮かび上がろうとしている。非効率な石炭火力発電所の乱立に加え、思いつきにも等しい発・送電分離策が電力不足に輪をかけた。3、4年以内には発展が著しい中国の工業化への足かせになるのは確実とみられており、特に内陸部への企業進出に赤信号が点っている。大規模な地域的大停電に繋がりかねない。

 中国では原発に加え、風力・太陽光発電に力を入れるとしているが、ここでも大きくクローズアップされてくるのがスマート・グリッドによる解決策である。

 わが国での電力不足は、新たな世界市場への扉を開く絶好のチャンスでもあることは忘れてはならない。

(多摩大学名誉教授 那野比古)