第31回「高性能・高機能を誰が買うのか?」

 1990年代前半、大阪のある大手電機メーカーの幹部と会った時の話だ。最近金曜日の夕刻、関西空港へ抜き打ち的に人事部の要員を派遣しているというのだ。各ゲートに立って、金曜日の業務終了後、急ぎ韓国へ中国へと飛ぼうとする社員に声をかける。

 これらの社員の多くは、定年を間近に控えた現場叩きあげのベテラン作業員で、金曜日から2日の予定で韓国や中国に技術指導に赴く。むろん好待遇が約束されており、アルバイトとしては最高、場合によっては退職後契約顧問として迎えられる可能性もある。そのような社員を引き止めるためなのだ。

 技術というものは、特許内容を熟読しても、それを直ちに生産に生かせるわけではない。そのバックにはノウハウの塊があり、それが企業秘密になっているケースも少なくないのだが、じわりじわりと漏れ出すノウハウを規制する手段はない。人間の脳や手に記憶されたノウハウの流出は、その人間の活動を止めるしか手はない。

 話は変わるが、最近中国製のリチウムイオン・ポリマー電池、高効率の太陽電池、電気自動車の中枢となるパワートレインなど先端製品を見せて頂いたことがあるが、それらは日本製に決して劣るものではない。それどころか低コスト量産性という商品化にとって不可欠な要素を加味すると日本製よりはるかに優れているといっても過言ではない。

 日本は高性能・高機能を謳い文句に世界の先端市場を押さえてきたと勝手に自負している。しかし果たしてそうだろうか。経済同友会の桜井正光代表幹事の言葉は極めて重みがある。「高機能などはメーカー側の論理にしかすぎず、それは顧客ニーズに合致し、顧客が評価を下す顧客側の論理である高付加価値とはまったく異なる」。

 わが国では、世界初どこにもない技術がこの製品には盛り込まれていると胸を張る経営者が多い。しかし、どんな高性能・高機能製品も顧客が見向きもしなければそれは単なる自己満足の世界にしか過ぎなくなる。

 この点で韓国や中国の製品はまさに高付加価値製品の見本市。わが国のノウハウがこのような形で活かされるのは決して不快な話ではないという逆説すら信じたくなる。

 わが国では企業の新興国への進出により、一説によると1年間で100万人の雇用が失われたともいう。日本の製造業の輸出額は2007年の80兆円をピークにジリ下がり09年には50兆円あまりに落ち込む始末。

 日本の今後を考えると、最重要点は雇用の創出。既存の企業に期待するのはもはや無理となると、残るはベンチャー企業の輩出を待つしかない。それも本当の高付加価値がわかる創業者への期待である。研究開発の成果をどう顧客作りにつなげるか―これからのベンチャー企業に課せられたメインテーマだといわざるを得ない。創出された雇用はとりもなおさず景気上昇への引き金ともなる。

(多摩大学名誉教授 那野比古)