先読みコラム 2010年リスト

》2010年12月28日
第30回「2010年の回顧―表面化したデジタル・ネットワークの危機」

2010年はデジタル・ネットワーク社会に対して警鐘が打ち鳴らされた年であった。インターネットの進展は、デジタル化された情報を一瞬に世界中に配信、各国のユーザーが情報を共有できることが最大の特徴であった。従来は仲間うちのヒソヒソ話にすぎなかった口コミ情報も、いまやSNSの形で一斉に世界中に流れる。《つづきはこちら》

》2010年12月17日
第29回「“されどメッキ”2Xから1Xへ。微小化する銅配線の主役」

格子状の格子点に人が立っているのだがこの人たちはかなりぐらぐら動き回っている。あなたがこのような状態の中を、人にぶつからずに真っ直ぐ突っ走れる距離はどのくらいだろうか。人にぶつかると通り抜けるスピードは当然遅くなるし、この集団から別の集団へと移る際には、境界ではじき飛ばされる散乱によってスピードは遅くなる。このような状態において、人にぶつからない距離を最も長くするにはどうしたらよいか。いま半導体産業が直面している銅メッキの問題である。《つづきはこちら》

》2010年12月03日
第28回「初めてのアジアのVC協会一堂に会す」

11月、東京・お台場の東京国際交流館で、アジアでは史上初、7カ国・地域のベンチャーキャピタル(VC)協会が一堂に会する『アジアVCネットワーク・フォーラム』(AVCNフォーラム)が開催された。VECも後援するこのフォーラムへの参加は中国、北京、香港、台湾、韓国、それに日本のVC協会で、参会者は2日間で延べ500名を数え、関係者の関心の深さをうかがわせた。《つづきはこちら》

》2010年11月25日
第27回「時代を変える動きに共感、ベンチャー学会」

先日、東京・渋谷で、日本ベンチャー学会(JASVE)の初代会長、清成忠男・現特別顧問(元法政大学総長)の叙勲(瑞宝大綬章)を祝う会が、同学会の設立・運用に寄与のあった20名ばかりの有志で開催された。ベンチャー学会は1987年の設立で、ベンチャー企業および一般企業における企業家活動、アントレプレナーシップに関しての理論・実証・実践にかかわる調査研究とともに、産学協同の推進、企業家活動の支援を進めるのが目的である。《つづきはこちら》

》2010年11月10日
第26回「新たなコミュニケーション・ツールとしてのロボット」

ロボットが新しい形のコミュニケーション手段として登場しようとしている。京都府精華町にある国際電気通信基礎技術研究所(ATR)は、インターネットを通してさまざまな動作を遠隔操作できるほか、携帯電話を着装して遠隔会話もできるという卓上型ロボットを開発した。関連企業のATRロボティクスが来年にも販売に乗り出すという。《つづきはこちら》

》2010年10月28日
第25回「戦略物質レアアース(希土類)資源、特にディスプロシウムの周辺を探る」

レアアース(希土類)の埋蔵量は現時点で、世界で約1億トン。このうち中国が3,600万トンと36%を占める。次いでカザフスタンなど独立共同体が1,900万トン、19%、米国1,300万トン、13%などとなっている。《つづきはこちら》

》2010年10月19日
第24回「ベンチャーに追い風―新たなソフト市場台頭への期待」

ソフトウェア産業を取り巻く環境がここにきて激変している。これまでソフトウェアなどとは余り関連がないと思われていた自動車が、EV(電気自動車)やPHV(プラグインハイブリッド車)へと変身、いまや“ソフトウェアの塊”に化そうとしている。ソフトウェアの良し悪しが車の性能を決める時代といっても過言ではない。《つづきはこちら》

》2010年10月01日
第23回「バイオベンチャーのしにせが新たな抗ガン機能を発見」

1987年筆者は『バイオベンチャー林原の挑戦』(ダイヤモンド社)という本を出した。ユニークな研究開発方針と経営戦略をまとめたものだが、わが国バイオベンチャーのはしりである林原生物化学研究所(岡山)が、生体がもつまったく新しいガン細胞攻撃の仕組みを発見、去る9月、大阪で開かれた第69回日本癌学会学術総会で発表され話題を呼んだ。その主役は2006年、林原生化研がみつけた臍帯血由来のT細胞で「HOZOT」(ホゾティ)と名付けられたもの。《つづきはこちら》

》2010年09月17日
第22回「近視株主に潰された米エンロンの忘れてならぬ大きな功績」

彗星の如く現れた米エンロン社が罵倒の渦の中に消え去ってから久しい。エンロンは負債を関連会社につけかえるなど巨額な粉飾決算が明るみに出て、株主、市場から糾弾されたが、これは四半期という短期間で企業の業績を評価する極めて近視眼的な株主や市場の圧力に屈した結果でもあった。株価は常に右上がり、時価総額を下げてはならない、という重圧が経営陣を粉飾に走らせた。《つづきはこちら》

》2010年09月06日
第21回「モンゴルの子どもに灯りを!―ボランタリーが生み出した高性能風力発電機」

1993年8月、モンゴル南部ゴビ地方。遊牧民ヤダムさんのパオでは大歓声が湧き起った。電球に灯がともったのである。「これで夜自由に本が読める」「つくろい物で誤って指に針を刺すこともない」一族7人の目には涙すら浮かんでいる。外では小さな風車が大草原の風を受けて勢いよく回っている。この風力発電機―実ははるか遠く、日本は宮崎県・都城から運ばれたものだ。《つづきはこちら》