第22回「近視株主に潰された米エンロンの忘れてならぬ大きな功績」

 彗星の如く現れた米エンロン社が罵倒の渦の中に消え去ってから久しい。エンロンは負債を関連会社につけかえるなど巨額な粉飾決算が明るみに出て、株主、市場から糾弾されたが、これは四半期という短期間で企業の業績を評価する極めて近視眼的な株主や市場の圧力に屈した結果でもあった。株価は常に右上がり、時価総額を下げてはならない、という重圧が経営陣を粉飾に走らせた。

 といってエンロンには悪のイメージしかないのかというと決してそうではない。エンロンは天候デリバティブというまったく新しい商品を生み出し、自由化した米国の電力会社のリスクをヘッジしたばかりでなく、さらにはプット・オプションがかくされた仕組債など新たな金融商品の開発に資した功績は極めて大きい。

 1990年代、米国では電力の自由化が行われたが、これは電力会社に大きな収益変動のリスクを課すことにもなった。例えば冷夏であればクーラーの使用が控えられ売り上げが落ちる。暖冬ならヒーターを使わない。電力会社はこのような天候によるリスクを何とかヘッジしたいと考えていた。当時このようなリスクに対する保険もあったが、保険では損失査定に大変な手間と時間がかかり、しかもリスクの範囲を簡単に設定するといった芸当はできない。

 エンロンは金融手法でもってこのリスクをヘッジする天候デリバティブなる新たな商品を設計、開発、1997年初めての契約に成功した。

 これはプット・オプションの変形であり、権利を行使する際の指標(インデックス)を従来の行使価格から、冷夏ならCDD(クーリング・デグリー・デイズ)という天候の変動から求められる指標に変えた。ここがこの商品の画期的なところであった。CDDはある期間、例えば7月と8月の2ヶ月間、あらかじめ定められた基準の温度より1日の平均気温が何回下回っており、その下回り温度を合計した累積温度を指す。基準の温度を上回った日についてはすべて0(ゼロ)と計算する。

 このようなプット・オプションを、オプション料を対価に電力会社に「売る」のである。基準温度(シカゴ・マーカンタイル取引所では華氏64度、摂氏だと18度)より高い日が期中続けば電力会社はオプション料を放棄する。しかし期間基準温度より低い日があり、低い日の平均気温と基準温度との差の累計がP度とすれは、温度1度についてAドル、全体ではPAドルの全額を電力会社は受け取ることができる。このようなプット・オプションが当初の天候デリバティブであった。実際の商品の設計には最適制御理論を含めた高度な数学的処理が必要であるが、エンロンはそれをやってのけた。

 ただこれはデリバティブ(金融派生商品)といえるかについては問題がある。それまでの一般のデリバティブのような対象となる原資産がないからである。

 このような商品はさらなる発展をみせる。この全体の証券化である。特別目的会社を設立、投資家に天候リスク債券を発行、販売するのである。債券の購入者は期間中基準温度より高ければオプション料の一部を受け取る。しかしそれより低くなる日があると前述の電力会社への支払い分の一部を負担するという内容である。何のことはない。電力会社から転移されたリスクをさらに投資家に転移するという構図である。

 このようなプット・オプションの売りが潜んでいる債券は現在幅広く活用されている。いわゆる仕組債、仕組預金といわれているものである。

 これまでは冷夏のリスク回避、分散について眺めてきたが、逆に暖冬についても同様なデリバティブ商品を作り出すこともできる。現在では降雨、降雪などをインデックスとしたさまざまな天候デリバティブ商品が開発されている。これらの債券(商品)は小口化され、街の弁当業やスキー場などでも購入しリスクヘッジできるようになった。

 このような画期的な新しい金融商品への道を切り拓いたのも実はエンロン社であった。近視眼の株主に踏み潰されたエンロンの隠れた果実にわれわれは改めて目を向ける必要があろう。 

(多摩大学名誉教授 那野比古)