第21回「モンゴルの子どもに灯りを!―ボランタリーが生み出した高性能風力発電機」

 1993年8月、モンゴル南部ゴビ地方。遊牧民ヤダムさんのパオでは大歓声が湧き起った。電球に灯がともったのである。「これで夜自由に本が読める」「つくろい物で誤って指に針を刺すこともない」一族7人の目には涙すら浮かんでいる。外では小さな風車が大草原の風を受けて勢いよく回っている。この風力発電機―実ははるか遠く、日本は宮崎県・都城から運ばれたものだ。

 話は1991年にさかのぼる。モンゴルからの留学生を受け入れていた国立都城工業高等専門学校(都城高専、宮崎県)では留学生とのつながりから、遊牧生活のモンゴルの子どもたちは勉学に大変不便していることを知った。昼は遊牧の手伝い。夜こそ自由に本を読み、勉学にいそしみたいところだが肝心の明るい灯りがない。

 この子どもたちに何とか電灯を贈ろうではないか。―これが合言葉となった。草原で得られるエネルギーなら風力。当時同高専教授だった平原洋和さんや川崎敬一さんを中心とした6人の有志がモンゴル向けの風力発電機の開発にとりかかった。

 といっても相手国はパオに住む広大な草原の国。先進国向けの市販機を開発するのとは話が違う。軽く組立て・移動が容易でなるべくハイテクは使わずメンテナンスフリーとしたい。遊牧民の文化や環境を壊すものであってはならないし、技術も指導、将来はモンゴル国内でも生産できるような風力発電機としたい。いまや先端製品の感がある風力発電機として一風変わった開発方針が決定された。

 高専ではそれぞれ専門分野はもつものの、風力発電機では全員いわばド素人。しかも開発資金もない。まず目をつけたのは自転車の発電機であった。これなら廃自転車からいくらでも入手できる。だが話はそう簡単に進まない。プロペラをつけても全く発電しないのである。自転車の発電機は毎分3000回転以上で発電する。ところがプロペラでは800回転程度。本格的な専門知識の収得が始まった。

 1993年完成したのは自転車の発電機を改良した1号機とバイクの発電機を改良した2号機である。冒頭に述べたヤダムさんのパオに設置されたのはこの1号機であった。

 だが順調に動いたのは4カ月あまり。卓越風の読みに誤りがあった。都城では「モンゴルに風力発電機を贈る会」が発足していた。あとには引けない。1994年からとりあえず車のオールターネーター発電機を転用、改良した発電機を設置する一方、低風速でも発電できるまったく新しいオリジナルの風力発電機のゼロからの開発に着手した。

 その結果できあがったのが1998年、風速1m/sでも発電可能なコアレス・アウターローター・タイプの発電機「PS3」である。クローバー型に特殊な形のコイルを3相組み合わせ、全体を高温高圧でモールドし、わずか厚さ3.9ミリのディスク状にする。こうすることで空芯部の間隔がなくなり、しかも対向する磁石と磁石の間を極めて狭めることができる(これは我が国で特許を取得)。グライダーの翼を参考に設計された木製のブレードはモンゴルでも製作できるよう配慮されたもの。またモンゴルではコントローラー無しで12ボルト蓄電池に連結してもマッチングできるような工夫がなされている。重さは10kg。

 この新しいタイプの風力発電機は高性能な製品として注目を浴び、地元の企業で一時商品化されたあと、現在ではA-WINGインターナショナル社が販売を手掛けている。

 ボランタリーがはからずも生み出したユニークな風力発電システム。近くモンゴルでの生産も始まる見通しという。これが縁で1999年には、都城市とウランバートル市の間に友好交流都市協定が結ばれた。国際親善の礎ともなっているのである。

(多摩大学名誉教授 那野比古)